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牢獄の皇女と本来そこに居るはずの将軍 16

談話室のふかふかの寝台の中でシャザは寝息を立てている。
傍に座ったラズがその手を握っていた。
皇族専用の談話室の中には主だった者たちが勢ぞろいしている。
誰が何をというわけでもなく、ただ小声で雑談をしていた。


「エイザ様」
その低い声は小さかったが、よく通った。
何かを決したように、その声の主は立ち上がって振り返り自分の父親を見た。


いつもなら声が出なくなる。
ラズはこの相手を恐れていた。
今も、後退りたい。
だが、どうしても気になった。
彼女が傷の痛みをおしてまで伝えたかった言葉。
それがどういう意味なのか知りたかった。
さっきまで握っていた手のぬくもりが残っているうちに勇気を振り絞る。

自分の左上空には実体のない妹がいる。
病弱な弟も、義理の弟も妹も、この部屋にいる。

父親は珍しく何も言わずにただ自分と似たような目を見ていた。
逸らすこともなく、無視することもなく。

「あ、の、」
何をどう言えばいいのかわからない。
それでも今、自分がなにかを言わなくてはならない気がしていた。


目が、目を、刺す。
(逸らすな、逸らすな、逸らすな)
それは祈りに近い。
ラズは逃げ出したい衝動を抑えることに必死だった。
ふいに相手がすっと動いた。

自分の左手に温かみを感じて、ラズは心臓が跳ね上がる思いがした。

エイザがラズの左手をつかんでいた。
その左手についた腕輪がシャラララと鳴る。

エイザ様、ともう一度口にしようと思った瞬間だった。
ラズには何が起きたのかわからなかった。
痺れるようになにか衝撃が走った後、数秒後に壮絶な痛みがきた。
わからないままにその場に崩れた。


「ラズ!」
方々から叫び声が上がる。
ラズは自分の手がぬめった液体にまみれていると認知するまでに時間がかかった。

その左手は、立ったままのエイザに掴まれたまま血まみれになっている。
手の原形は留めているが、肩より下のどこでどう出血しているのかわからない。
服は肩口からどこかに吹き飛んでいた。
露出しているはずの肌は、なかった。
骨が見えているような気もする。
わけのわからない痛みに、なにも考えられなかった。

(殺される)
ただそれだけがラズの頭にはあって、
ついにその時が来たのだ、というどこか諦めにも似た感情が広がっていた。
痛みに朦朧としながら父親を仰ぎ見る。
その顔は、視線を合わせて、見たことのない顔をしている。

困ったような、悲しいような、顔。

ラズに駆けつけたいはずの人たちは近寄れなかった。
半径何歩分かの魔法壁があって、母親のランでさえもがそれ以上は近づけなかった。
ただ、出入口に立っているシャロは、誰も出て行かせないし誰にも入らせない。
その扉は閉じたままだ。


血が流れては床に落ちていくはずの身体はそれ以上倒れない。
誰もが見ていた。
吹き飛んだ皮膚ができていく光景を、ただ見ていた。
その傷は無かったかのように消えた。
何事もなかったかのように腕は元に戻っていた。


「その痛みを、繰り返していた」

その声は滑空した。
行き先は息子の耳に。

「傷が消えても痛みはすぐには消えない。
どれほどに痛くても意識は落ちない。
そして、ほら」

二度目の、同じ現象。
ラズは痛みで朦朧とする意識の中で父親を喘ぎ見た。
掴んだ手は離れない。
これまでに一度だって握らなかったその手をエイザは放さなかった。

「今、ここにいる誰もが、これは俺がやっていると思っているでしょう?」

静かに微笑んだその声はひどく柔らかく、金髪碧眼の父親は床に膝をついた。
ラズの顔に空いた左手をあてながら目を見ていた。

今まで、向き合ったことなどない。


「弟が痛がる姿を見て、兄上はその痛みさえなければ俺が幸せになれると
そう思って、俺から痛みという痛みを全て消した。
俺たちが共有した想い出、記憶、大切な取り返しのつかない類のものを使って」


エイザ=ハーンは痛みを感じない。
物理的なことも、精神的なことも、何一つこの皇帝陛下に痛みを与えはしない。
かつてその兄がかけた魔法で、痛むことを失ったのだと、その場にいる者たちは皆知っていた。


「それは確かに俺の人生をある意味で楽にした。
だけどね、解っていたはずの痛みを理解しなくなった俺は
誰の痛みにも共感できない。
その精神的な辛さを理解しない。
俺はいったいなんだろうね?
これが人だというなら、これでも人だと言えるなら
なぜみんなはまるで違う何かを見る目で俺を見るんだろう?」


それは疑問形でありながら、確信を持った言葉。
エイザ、とシャロが声をかけたが振り返ることもなく
父親はただ息子の顔を直視していた。


「エイザ、ラズを解放しろ」
それは母親ランの言葉だった。
まるで少年のような声が、その傷ましい光景に降る。
赤い髪、赤い目が、怒りに燃えているような気さえする。
ラズはぼうっとした頭で視線をずらし、エイザの背後、その赤を見た。

それ以上は近づけないとその距離が物語る。

「ねえラン?これは俺の力じゃない」

ふわっとした違和感にラズは驚いた。
(痛みが消えた?)
一瞬前まであったあの壮絶な痛みが消え、
左手はその血にまみれながらもきれいなものだった。
ラズは思わず体勢を立て直し父親と対面する形で座り直す。


「ラズ?大丈夫なのか?」
シャロの問いに、ラズは頷く。

「エイザ。俺にはおまえが何を言っているのかさっぱりわからん。
シャザが言っていた意味もさっぱりわからん。
わかるように話せ」

ランは問い詰める。
この少年のような女に、化け物とうたわれる御仁は恐怖ではない。


「ラズ自身の力です」
その弱々しい声と共にランの視界にシャザがいた。
こんなに動いていては傷が塞がるはずもない。
シャザはゆっくりと歩みながら親子二人の傍に座り込んだ。
エイザが普段誰にも見せないような顔をした。

「この左手を引き裂いたのは、ラズ自身の力です。
魔法は年々強くなる、制御力も強くなるから安定する。
だが、エイザ様は自分の力は規格外だと言った。
そしてラズの力はそれと同じ質のものであると」


顔面蒼白、とはこの状態のことを言うのだろう。
シャザはもはや誰かと会話をしている風ではなく
見えない何か、どこか遠くに語りかけているような風だった。

「今、それを制御したのがエイザ様の力……」

疑問の顔を向けるランをちろっとみて、
シャロによく似た色彩の皇女は力なく笑った。

「それが本当の理由です。
ラズの力がラズ自身を破壊する。
けれど再生能力も常軌を逸している力は対して再生する。
制御できない以上それらは繰り返し行われ続ける。
だから、制御させる力をいれたんです」


「制御させる力?」
そう呟いた後に然るべき方を向いたのはエリザだった。

「シェルの、ことね?」
こくん、とその娘は頷いた。
傷を労わるようにラズは治ったばかりの左手でその肩を支えた。

「最初はこの城の力で抑えられていたんだよ。
シェルは存在力が弱かったからラズから切り離せなかったのは本当。
そのためにも安定してきたところでシェルを助けるためにここから出したのは本当。
ただ、今現在切り離せないというのは嘘。
具現化できないというのも、嘘」


「エイザ!!」
非難の声は一つではなかった。


「じゃあ聞くけど、シェルを切り離して、
ラズにさっきみたいな負の連鎖を背負わせる方が人道的だったかい?」

静かに怒っているようだった。
非難するならば代案を出せ、とばかりに。
しかし誰もそんなものは持たない。
そもそもが、わけのわからないような話なのだ。


「シェルを入れておけば、シェルがラズの力をある程度使用し、
少なくとも暴発――と俺たちは呼んでいるけど――はしなかった。
それも年々ラズの力が勝るようになるし、シェルも自身の力が強くなる。
どうにもこうにもできない、というのは本当だ」


ラズはなにか厚い壁を隔てたところで話を聞いていた。
何を言っているのかわからない。
今の話を聞けば、それは、なにか今までのことが全部違う解釈になるのではないか。
それらと向き合うことが怖いような、あえて見ないふりをしたいような気持ちだった。



「簡単にいえば、手におえないラズの力をシェルを利用して抑えてた。
あんたが今までやってきたことは、
ラズを苦しめないようにするための手段だったってことね?」

同じ顔をした双子の妹はあきれ果てた声でまとめた。

「それならそれでそういえばいいだろうが!!」
ランは激怒していた。
その内容はその場にいる者たちの代弁でもあった。


「言っても解決しない。
これは誰にもどうにもできない。
俺は自分の状況を力の牢獄と呼んでいるけど
シャロやランでさえ、俺を殺すことが難しい。
俺が死んで全てが終わるなら、物心つく前に殺されて平和が実現していた」

だがそれはできなかったのだ。
どんな傷でも治してしまう力と、内側から器を壊してしまう力の天秤は
これが世界のいろんなことに使えるエネルギーであれば
どれほど安泰な供給源だったことだろう。

「力の牢獄から出る手段は一つ。
力が尽きるまで待つことだけだ。
器としての俺が短命なのははっきりしている。
ただ死んだ後でこの力が本当に霧散するかどうかは、
その時になってみないとわからないけどね」


それにね、とエイザはつけ加えた。


「このリスクをちゃんと言ったはずだよラン。
望まないとも、継がせるべきではないとも、
意図的にではなく悪いほうへいくばかりだとも。
三人に言ったはずだ。

俺は自分の血をつなぎたくないと。

結果この責任を誰がとる?
俺が四六時中制御して、監視して生き殺しにする?
それこそ牢獄だ」


は、ははは、と声が響いた。
何事かとばかりにその出どころを探る。


ラズは支えるその肩からのびる美しい首を見た。
白く血の気の無い顔に紫色の目が生きている。
長い髪が背中の傷を隠していたが、血の匂いはひどかった。


シャザは笑っていた。
声を上げて。


談話室の中に反響するそれらが不気味だった。
ずっと息をのんで事の経過を見守っていた
双子の妹シャリザも、リマイも、誰もかれもが
その異様さに固唾をのんだ。



「一方通行の片道切符。
その牢獄行きのその鍵を私にくださいませんか」


シャザがそれを言ったかどうか。
エイザの身体が壁まで吹き飛び叩きつけられていた。

(続く)
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