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愚王と魔法使い (仮) 8
魔法使いは広場の噴水前に腰かけて待っていた。
この賑やかな商業都市の真ん中で。
括ることもせずに無造作に投げてある長髪がその水に触れそうなことをものともせずに。

「あ、まほうふはい!」
その口には食べかけのふっくらと美味しそうなパン。
おそらく焼きたてだろう。
シレークスは片手に大きな紙袋を抱えている。

「……最近のお姫様というのは随分と庶民的だな」
パンを全部食べきってからお姫様は口答える。
「だから。そーゆーのが嫌であたしは家出したんだってば」



あの大きな魔法に巻き込まれてから一週間。
少女と呼ぶには大人で、とはいえ大人とは呼び難いシレークス氏は
なんだかんだでついてきてしまった。

目覚めて最初の一言、
「なぜ、おまえが王家の剣を所持している?」
という魔法使いの質問に
「あたしが三番目のお姫様だから」
とこともなげに言い放った本人は
おおよそ王女らしからぬ態度でもって同行人と化していた。

「じゃ、じゃあ、シレークス、さん?はお城から来たの?
神さまには会ったことがあるの?」
クラヴィスは「お姫様」や「王女」の連想と現実がうまく結びつかない。
それも当然だ。
服装からして実に庶民的で、
そもそも襲撃という時点で嘘をついているとしか思えない。
剣がなければ、信じる根拠は何一つなかった。

「生憎、神さまなんて会ったことないわよ。
両親にでさえまともに会ったことないし。
そーゆーのはお姉さまのお仕事であたしは知らなーい」

どこでその言葉遣いを覚えた、と二人は思ったが口には出さない。
そしてその首を諦めない、とずるずるついてきてしまったのだ。
決め手はどうやら魔法使いが振る舞った食事だったようだが。
スープを一口食べてその表情の変貌っぷりにクラヴィスが苦笑いしたほどである。


「あ、二人ともいた!いい干し肉買えたよ魔法使い!」
そのはしゃぎっぷりはやはり十歳だった。
川沿いの村――だった――の近くにはこんな大きな街はない。
噴水の縁に座っている魔法使いに戦利品を見せる。

クラヴィスの育った村はよほど穏やかな村だったと見える。
魔法使いはその手で頭を撫でてやる。
この少年は分不相応なものを欲しがらない。
そして真面目だった。
魔法使いの頼み事はきちんとこなす。
嫌がる顔一つしない。

それに対して、と魔法使いは目の前の金髪碧眼シレークスを見る。
お姫様は、なによという顔で視線を返す。
「頼んだのは一つだけだったと思うが」
どうみてもその大袋は一つの品物ではない。
「いーじゃん。お金あんだからちょっとくらい使い込んだって」
もちろん使い込んだのは魔法使いのお金だ。
どうみても自分の服やら装飾品を新しくしている。
どう見積もっても十七歳くらいなのだが、クラヴィスとどちらが年上なのかわからない。

魔法使いがため息を一つついたところで、ぽつっと水滴が落ちてきた。
「もたなかったか」
もともと今日はずっと曇り空だった。
ひどい大雨になるのに時間はかからなかった。

小走りに宿屋に向かいながらシレークスが声を上げる。
「ちょっと、あんた、魔法使い!魔法でなんとかしてよ!
魔法使いなんだから一瞬で移動とかできるんでしょ?」
せっかくの新しい物が濡れていく。
「こういうこと、で、魔法は、使わないんだよ」
全力で走っているクラヴィスが代わる。
「こーゆー時に使わないでなんのための魔法なのよ!!
なんのための魔法使いなのよ!!!」
クラヴィスに歩調を合わせている当の本人は一切答えない。
その返事を待たず三人は宿屋にとびこんだ。


かちゃり。こんこん。
匙で更を軽く小突きながら、ご飯はこんなもんかーとお姫様。
「宿屋って、食事まででてくるんだね!」
ほどけた銅褐色の髪はまだ湿っている。
「様々よー。まあここは中の下くらいじゃないかしらねー。
そこの魔法使いがケチらなければもっと美味しいもんが出てきたと思うんだけど」
じとっと男を横目でにらみながら米粒をかき集める。

「人の財布が無尽蔵だと思ってないか?」
「実際あんたどーやって稼いでるのよ」
「それを教えるメリットがないな」
二人のやり取りをみながら
クラヴィスは魔法使いの作るご飯のほうが美味しいと思うことは黙って
目の前の皿を空にしていった。

「で、お姫様はいつまでついてくるんだ?
私たちの目的地は城だぞ」
魔法使いはアフターティーを優雅にすすりながら問いかける。
「あんた、しゃべり方統一しなさいよ。気持ち悪いわよ」
「質問に答えろ」
「……城まで道案内しようか?」
「つまりは持ち合わせがないんだな?」
突然しおらしくなったシレークスは笑顔でごまかそうとする。
「まー家を出たのは随分と前なわけよ。
定期的に追手をまいてるからみんなあたしの無事は知ってるんだけど。
城にいる時からだいぶ稼いでたんだけどねー」
やっぱり外に出ると、魅力的なものがたくさんあるじゃない?
自分にやってきたアフターティーを受け取りながら
やはりそれはどう見ても庶民の所作だった。

「それに、魔法使いを連れてきたって言ったら
あたしも神さまになんかご褒美の一つや二つもらえるかもしれないじゃん?」
「どうして?」
そこで熱いお茶をふーっと冷ましていたクラヴィスが割り込んだ。

「神さまは魔法使いに会いたがってるからよ」
「そうなの?」
「言っとくけどね?こいつ賞金首なんてもんじゃないのよ。
神さまが会いたがってるんで、誰もかれもが狙ってる。
だけど、みんな居場所は解ってるのに手出しができなかったのよ」
少年は歩いても歩いても近づかなかった赤い屋根を思い出す。

「魔法使いは、神さまに用事があるのにどうして城に行かなかったの?
神さまも会いたがっているのに」

宿屋兼酒場は日が暮れて騒がしさを増していた。
その隅っこで一つの机を三人で囲みながら二人が魔法使いを見ていた。

「―――、」
魔法使いが小さく何かを呟いた時、
窓の外できゃーと甲高い悲鳴が上がった。

その声に一瞬静まってから、誰もが外をみようとする。
大雨の中、建物を包み込むような大きな影が立っていた。
それが獰猛な魔物だと気付いた途端、街はパニックに陥った。


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アメブロ初出。October 15, 2014
(C)MizcocyUamo

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愚王と魔法使い(仮) - - uamo72
愚王と魔法使い (仮) 7.2
隣で同じ世界を見ていた。
違いはたった一つ。
その足一歩分の差。
その分だけ、世界がずれていた。
そのままの差で、共に歩むはずだった。


林檎の印がくたびれて鈍く光る。
剣をその手にしながら、魔法使いは
木にもたれかかって寝息をたてるクラヴィスとシレークスに目をやる。


強い魔法だった。
空が割れるほどの、魔法。
そんなことができるのはあの林檎を齧った彼女だけ。
ぼんやりと焚火が揺れる。


  (私は君の思い通りにはならない)

同じ髪型をした黒髪の女が頭の中で笑う。
かつて自分にそう言った女は今はここにいない。
あの日、自分が林檎を差し出した相手は。

魔法使いは目を閉じた。
王家の証しであるこの剣の持ち主は夢の中。
自分を殺すといった女と、神さまを殺すといった少年が肩を寄せて寝ている。


この決められた道を、魔法使いが進む。
誰かの言うとおりにまっすぐ。
そうしなければたどり着けない城で、神さまはずっとその来訪を待っている。

すりおろした林檎を、その杯に掲げて。

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アメブロ初出。October 14, 2014
(C)MizcocyUamo
JUGEMテーマ:自作小説

愚王と魔法使い(仮) - - uamo72
愚王と魔法使い (仮) 7
「まほうつかああああああああぁぁぁぁぁぁいッ!!!!」
あらん限りの破壊を願うような図太い声とともに、
女の子が剣を片手に跳びかかってくる。

肩でぱっつり揃えてある金髪が宙を舞い、
しかしその剣撃は目標に届かなかった。
魔法使いはひょい、とよける。
着地し、半身ひねりで切り返すも、魔法使いの右腕でその剣は止まった。
男の左手がその腕を握り、襲撃者はその武器を地面に落とした。
ぽかんとした顔で、ほんの数秒に起きた出来事を少年は理解できずに見ていた。


道を歩いてすぐに、魔法使いとクラヴィスは森に入った。
街道なのだろうか。
舗装はされていないが、ちゃんとした道だ。

歩き出して三日目、魔法使いはどこかしら食料を調達する。
魔法でしまってある、というあの赤い屋根の家はどこにいってるんだろう?
クラヴィスはそんなことを考えながら、自分にできることをする。

がさっと音がした。
クラヴィスは強張りながら警戒する。
ここは森の中だ。
野生の獣が出ない保証はどこにもない。
ふっと影がとびだしたかと思うと、それが件の女の子だった。


「だから、この道は嫌なんだ」
一見華奢に見えるが、筋肉はしっかりついている。
その腕を解放してやりながら放たれた魔法使いの言葉に
クラヴィスよりも高い、罵倒するような声が響いた。

「みんなあんたがあの家から出てくるのを待ってたんだから!」

動きやすい服装だが、守りが薄い。
つまりは露出が決して少なくはない服に、クラヴィスは少しドキドキしていた。
十六、七歳だろうか?
その碧眼のめつきは非常に悪い。
ぎっとクラヴィスを睨みつけた。

「あんた、魔法使いの何よ」
少年は思わず魔法使いの後ろに隠れる。

「子ども攫いまでしてるとはね!」
はー、と深く長い息を吐いて、魔法使いは沈黙する。

「ちょっとその首、置いていきなさいな!!」
魔法使いまでその距離二歩。
ぎりっとその歯を噛みしめる。

「……なにかいけないことしたの?魔法使い?」
そっとクラヴィスは口にしてみる。

「あー!!っんとに、あのバカ女も、あのくそ女も、ろくなことしねぇな!」
黒髪の荒げた声にクラヴィスは一歩下がった。
「ま、魔法使い……?」

「おいガキ。俺の首をどうるするつもりだ?」
きょとん、と場が静まり返る。
魔法使いの指すガキが、誰なのかと
クラヴィスは襲撃者を、女の子は少年を見ていた。

「そこのおまえに決まってんだろうが」
指を差され、女の子は苛立ちを露わにする。

「ガキだのおまえだの言ってんじゃないわよ!
あたしにはシレークスって名前があんのよ!」

「で、シレークス。質問に答えろ」
冷静に返されたことが余計に癪に障る。
シレークスは黙秘権を行使する。

「答えなくてもいいけどよ、おまえ、巻き込まれるぞ」
その言葉が早いか、突風が吹き荒れたのが早いか。
クラヴィスもシレークスも身体が地面から離れて舞い上がる。

「うわああああああああああ」
「きゃああああああああああああ」

木々も根こそぎ風に持って行かれる中、
魔法使いだけが平然と空を見上げていた。

「質問にー答えたらー助けてやんよー」
黒い両目がこころなしか楽しそうに見えるのは気のせいだ、と
クラヴィスは叫びながら見なかったことにする。
上空で体が回転していてそれどころではない。

ところが、
ふっと、抵抗が消えて、気づけばクラヴィスは地面に座り込んでいた。
すぐ横には魔法使い。
シレークスはまだ上で風に遊ばれている。

「これ、魔法使いがやってるの……?」

上空ではいろいろなものが巻き上げられて
辺り一面大惨事になっている。
居住地ではなくてよかった。
クラヴィスは心からそう思う。


「俺じゃねぇよ」
ぽそりと、呟いたのをクラヴィスは聞き逃さなかった。


「あんたの、首を、神さまに差し出したら、
なんでも、願い事を叶えてくれるって、いうからああああ」
その言葉が早いか、クラヴィスのすぐ向かいに女の子が出現するのが早いか。
風はなおも吹き荒れる。
回転してかなり体に負荷がかかったのか、
いくらか嘔吐してからシレークスは魔法使いに投げかける。

「なんなのよ、これ」

その問いには答えない。
「なんでも願い事を、ねぇ。おまえ、神さまを信じるか?」

岩が、木々が、空へと昇る。
上空に雲の渦が巻いていた。

  (わたくしは、あなたを、思い通りにしたいのです)

甲高い声。
絹のような髪。
優雅な仕草で実を齧る。


「俺は、到底信じられねーし、信じたくもねぇな。
他の誰かへの捧げものを横取りするようなやつなんてなあああ!」

魔法使いが、全霊で咆える。
さっきまでのことが嘘のように、青い空、静かな森が戻っていた。
鳥が羽ばたき、木が穏やかに。


「シレークス、だったか?家があるなら帰れ。
この首はやれんし、おまえのためにもならん」

魔法使いは、落ち着き払っていた。
口調も元に戻っている。
クラヴィスは少しだけほっとした。

「残念ながら。あたしに帰る家はないし、その首をもらうわ」
ふらりとした体の前で、長い剣がきらりと光る。

「ちょ、ちょっと!!」
クラヴィスは慌てて止めに入る。
どうみても、ふらふらだ。
その手を一回り小さな手が押さえる。

「とりあえず、少し休んだほうがいいよ。
ね?魔法使い?」
緑の目が訴える。


魔法使いがため息をついて、食事にしようといったところで
シレークスはその意識を手放した。


剣がするりと抜けてからんと音を立てた。
クラヴィスはきれいな剣だなと思いながら鞘に戻す。
少年には少し重い。
その柄に彫られた林檎の印の意味をクラヴィスは知らなかった。



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アメブロ初出。October 14, 2014
(C)MizcocyUamo
JUGEMテーマ:自作小説


愚王と魔法使い(仮) - - uamo72
愚王と魔法使い (仮) 6
この扉を開けて閉めれば、そこからまた一人。
村がなくなった時に戻るだけ。
クラヴィスは、来た時とは少し違う服装で取っ手に手をかけた。
早朝は、肌寒いを通り越して単に寒い。

開ければそこには秋も終わりの草。
薄暗い中、少し遠くに森の端。
その手前には石橋。

「魔法使い。どうもありがとう」
クラヴィスは改めて黒髪の男に向き直り
感謝を口にした。
銅褐色の編みこんだ髪が、首横から垂れ下がる。
自分のぼろぼろの靴が目に入る。

ぱたんと扉を閉める魔法使いはその頭を大きな掌で覆った。
ぽんぽんと、撫でるように軽くたたいた。

今から、一日が始まる。
「神さまに会ってぶっ殺したら、報告に来るよ」
そう言ってクラヴィスは家の後ろの道に一歩を踏み出した。

背中でがちゃりと鍵をかける音がする。
クラヴィスは振り返りたい気持ちを我慢した。
これから、会いに行くのだ。
自分の家を奪った神さまに。

その足取りは、朝だというのにとにかく重い。
道をまっすぐに、魔法使いが言った通りに歩く。
家が少しずつ遠ざかる。
見なくてもわかる。
一歩踏み出せば、一歩遠のくのだから。

「ここからが長いんだ」

そう呟いたのはクラヴィスではなかった。
思わず少年は振り返る。
そこには数歩離れて、魔法使いがいた。

その後ろには
「家が、ない」

家が、どこにもない。
赤い屋根も、消えている。
あるのは草と森の端。
家があったはずの場所にも草が生えていた。

「魔法、使い…?」
二十代そこそこにしか見えない、年齢不詳の魔法使いは歩き出す。
クラヴィスの隣まで来ると、立ち止まった。


「歌の続きを知ってるか」
「え?」
「森を抜けて一面の草の中に赤い一つの家がある
そこに住むのは神さまに見捨てられた者」

クラヴィスが出会った日に口遊んだ、誰でも一度は聞いたことのある歌。

「それは愚かな王と呼ばれたもの
愚かな王は見捨てた神に復讐を
その赤い家一つ魔法使いに差し出した」

魔法使いは小さな声で歌った。

「あの家は愚王の家で、私のものではない」

その説明とこの状況が全くつながらない。
クラヴィスは首をかしげた。

「私は愚王を捜しているのではない。
神さまに用事があるんだ」

その言葉にますます混乱する。
様子を見てから、魔法使いはクラヴィスに言った。

「つまり、私も城に行こうかと思うんだが反対か?」



日は昇った。
今日は既に始まっている。
少年と青年が一人ずつ、道を歩く。


クラヴィスの足取りは軽やかに。
その顔は、朝日よりも眩しく輝いていた。


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アメブロ初出。October 12, 2014
(C)MizcocyUamo
JUGEMテーマ:自作小説


愚王と魔法使い(仮) - - uamo72
愚王と魔法使い (仮) 5
魔法使いは、ただ生活していた。
毎日、飽きることもなく。

「愚王を捜してるんじゃないの?」

クラヴィスは何回か訊いてみた。
自分がここに来た理由を、忘れそうになるからだ。
しかし、魔法使いはいつもうまくはぐらかしてしまうのだ。

「魔法使い。僕は、神さまに会いたい」
少し肌寒いある日、クラヴィスはそうきりだした。
もうここにきて何日が経っただろう。
その間に、魔法使いと多くのことを一緒にした。

「魔法でぱぱっと、会いに行くか?」
魔法使いは意外なことを言った。
けれど。
「ううん。僕は僕の足で会いに行く。
どこに行けば会えるの?」

軒下に洗濯物を干しながら
魔法使いはその手を止めた。

「お城にいるよ」
それはごく、当然のように。

「お城って、どこ?」
「決められた道の先にある」
クラヴィスには、それがどこなのかわからない。
ふざけているのだろうか、と少し思った。

「この家の後ろにある道を、まっすぐ人の言うとおりに歩いて行く。
なにがあっても、自分の思うとおりにしてはならない。
人の言うとおりに、進むんだ。そうすれば、お城にたどり着く」

魔法使いは空になった洗濯籠を壁に立てかけて
お茶の時間だと、家の中にクラヴィスを呼んだ。

いつものように温かいお茶を淹れてくれる。
それは赤かったり、黄色だったり、いろとりどりのお茶。


今日は机の上に、いつもとは違うものが置いてあった。
古びた布製の鞄。
床には穴を閉じたぼろぼろの靴。
見慣れたものの中に
服だけは、何枚か質素な新しいものが用意されていた。

「神さまに会いに行くんだろう?」
その声が地面に落ちる。
クラヴィスの気持ちと一緒に。

その日は、とても豪華な夕食だった。
たくさんの野菜、魚、そして乾燥肉を煮込んだスープ。
その日は、とても静かな夜だった。
草の中で降りそそぐような星を見た。
月光が闇にまぎれてしまう魔法使いを映しだす。

クラヴィスは
深く息を吐いてから、もう一度吸い直し、
ゆっくりと魔法使いに言った。


「魔法使い。僕、神さまに会いに行くよ」


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アメブロ初出。October 10, 2014
(C)MizcocyUamo
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愚王と魔法使い(仮) - - uamo72
愚王と魔法使い (仮) 4
釣り道具を片手に歩く魔法使いの後ろを少年が歩く。
背の高い一面の草の中を抜けて、木々の間を進む。

どこからともなく水の音がして
川があるのだとわかる。

「魔法使いっていうのは、こう、ぱぱっと、なんでも、魔法で、
できちゃ…ったり、するもん、じゃ、ないの?」

息が切れ切れになるのは道が険しいせいだ。

「できる」
平坦な返事に、ならばなぜ、としんどい声が返す。
それでも魔法使いがいつもよりずいぶんと遅く歩いていることに
少年は気付いていた。

「ぱぱっと、なんでもできる。
だから自分では何もできない人に成る」

どん、と身体同士がぶつかり、止まった先の足元随分下には堀があった。
増水時には川とつながるようだが、今は完全に遮断されて不可侵の水域になっている。

「自分が何もできなくたって、なんでも魔法でできるんだからいいんじゃないの?」
こんなしんどい思いをしなくたって、という主観を交えて訊いてみる。


「私が魔法を使うのであって、魔法が私を使うのではない」
「だから、あなたが魔法を使って何でもできるんだから、」
「魔法を使わなければ何もできないなら、それは魔法に支配されている」
質問を先読みしたかのように、魔法使いは言葉をつづけた。
竿には糸。糸の先には曲がった針。
うねうね動く虫を拝むようにしてひっかけ、放り投げる。
そして魔法使いは座った。

「でも、」
クラヴィスは少し困ってしまった。
言いたいことが言葉にならない。
ひどく、訴えたいことがあるのに。

魔法使いはちらりと横目でみてから加えた。

「自分以外のものに支配された時点で
私の魔法は失われる」

その声は低く、森のざわめきに消える。
クラヴィスも隣に座り、竿を見ていた。


   (時間も空間も理もいつだって君を支配している。
    君はいつだって君ではないものに支配されている。
    なのに君はおかしなことをいう)


そう、言ったのはまぎれもなくあの女だった。
同じ黒髪、同じ黒い目。

「変なの!」
はっとして魔法使いは少年を見た。

「だって、今魚が釣れたら魔法使いはそれを当然取るでしょ?
それは魚を釣るっていうことがしたくてそれをしてて
釣れたから、そうするんでしょ?
じゃあ決まってることだ。
それは支配とは違うの?」


緑の目が、見ていた。
まっすぐに。
両手の中の竿はぴくりとも動かない。

それは違う。

そう返したいが、返し方がわからない。
なにか違和感をうまく形にできない。
魔法使いは、その答えを返せなかった。
そもそも十歳の子供とこんな問答をしに来たわけではない。


ぴっと竿が振れて、引いた。
「あ!魚!!」
川沿いに住んでいたのだから見慣れているだろうに
まるで初めて見たかのように目を輝かせる。
そしてクラヴィスが外し、持ってきた桶に移した。

あまりにも楽しそうなその光景に
魔法使いは竿をもう一振り。

黒い長い髪が、束ねられないまま揺れる。
重力に逆らって、遠心力に従って。


桶の中に仲間が増えるたびにクラヴィスは歓声を上げる。
失敗したときには大きな落胆の声を。
帰るぞ、という頃には魔法使いにも疲れが見え始めていた。
少年はくたくたになりながら、笑顔だ。


家について、桶を床に置いたところで少年は
「ね、」と呼びかけた。
魔法使いは台所に立ちながら振り返る。

「支配とかはよくわかんないけど、
僕、魔法でぱぱっと魚のご飯ができるより
今日みたいなのが楽しい!」


そう言い投げると、薪を拾ってくるね、と森へ駈け出して行った。
疲れ切った足で。



包丁を片手に魔法使いは突っ立っていた。
くすりと笑って、参ったなあと呟く。

「多分、それが俺の言いたかったことだよ愚王」

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アメブロ初出。October 09, 2014
(C)MizcocyUamo

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愚王と魔法使い(仮) - - uamo72
愚王と魔法使い (仮) 3
「魔法使いの名前はなんていうの?」
パンにとろけるシチューにみずみずしいサラダを口に運びながら
少年は男に聞いた。

「まほうつかい」
男は既に食べ終わり、食後の飲み物を優雅にそそぐ。

「呼び方じゃなくて、名前!
僕はクラヴィス。森の向こうの山の向こうの、川沿いにあった村から来た」
それをきいて、男が一瞬言葉に詰まったのは無理もない。
川沿いの村が実質消えたのは一週間前のことだ。

「神さまが、太い道を作るためにそこをどけって言ったんだ」
男は、向かい側に静かに座り、テーブルに肘をついた。

「それで、クラヴィスはなぜここに?」
魔法使いは相手の名前を呼

「決まってる。神さまをぶっ殺したいからだよ」
十歳ほどの口から、大層物騒な言葉が飛び出る。
「それは穏やかではないな」
男は低い声で穏やかに言った。

「道なんか要らないって言った人たちは、みんなどこかへ連れて行かれた。
村は地図から消えた。
ね、神さまの言うことにはだれも逆らえないって本当?
どうして逆らえないの?」
矢継ぎ早に質問されて、魔法使いは口を閉じた。


「愚王を捜している、というのは誰から聞いた?」
少年は突然違う切り返しをされてきょとんとする。
そして朗らかな顔で答えた。

「それも決まってる。愚王だよ」

同じ長い黒髪でも全然印象が違うんだね、とクラヴィスは無邪気に笑う。
魔法使いは、ただ唖然としていた。


飲み物が冷めてしまったではないか。
それほどの時間、
考え込んで黙ったままの魔法使いが口を開くのを少年は待っていた。
だいぶ日が傾いて、もうすぐ沈むだろう。

「帰る場所が、無いんだ」
影法師が伸びてそこを支配しようとする。
さっきまで青空だったのに、もう今は朱色が占領している。
緑の目が、冷めきった飲み物に自分の顔を見ていた。

「愚王が、この家を教えてくれた。
魔法使いに会えば、その無念も晴れるだろうって」
その声は、小さく幼く心もとなく。


腰まではあるだろう黒髪がさらりと揺れて
魔法使いが動き出した。


「一つだけ、答えておこう。
神さまに逆らえないのは、神さまだからだ」


意味がまるで解らないよ、と文句を言った少年を背中に
魔法使いは食器を下げる。


そして、次の朝もその次も、
食卓には二人分の朝食が用意されていた。

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アメブロ初出。October 08, 2014
(C)MizcocyUamo
JUGEMテーマ:自作小説


愚王と魔法使い(仮) - - uamo72
愚王と魔法使い (仮) 2
木々の合間を抜けて石の橋を渡る。
空は天上に高く
土は太陽に焼かれ赤く
流れる川はただきらめいていた。

クラヴィスは古びた布製の鞄を斜めにかけて
まっすぐその道を歩いていた。

銅褐色の髪を編みこんでたらした十歳ばかりの彼が、
ひたすらにその道を行くのにはわけがあった。
靴には片方穴が開き、服もそれ一着しかない。

もうここしばらく、まともな食事をとっていない。
けれども、そんなことはクラヴィスしか知らないことだし
彼にとっては歩けるだけの力があれば十分だった。


石の橋を渡ればもうすぐだ、ときいた。
彼の心は躍っていた。
そしてようやくそれを見つけたのだ。

山を越え、森を抜け、突然広がる平原に赤い屋根。
ひとつの家。
誰もがその所在を知りながら
誰もが決して入れないとうたわれている家。

クラヴィスはずんずんと歩いて向かった。
しかしながら家は近づかなかった。
歩けども歩けども、家は距離を変えずにいる。


クラヴィスはその足を止めた。
そして、何かを考えるようなしぐさをして
ふっとそこに座り込んだ。

太陽が熱い。
地面が暑い。

そして彼はそこに寝転んだ。
遮るものが何一つない平原の直射日光の真下に。
そのまま、目をつむった。

「そんなところでねこけると、命を神様に持って行かれてしまうよ」
漆黒の長いまっすぐな髪。
のぞきこんだ黒真珠のような瞳。
長身の影がクラヴィスを日陰にいれる。

クラヴィスは寝転がったままにこっと笑った。
その痩せこけた腕も、疲れ切った足もそのままに。
「かまわないんだ。持って行かれても」

それを受けた男が、ほう、とおもしろそうな顔つきをする。
「その年齢で人生を諦めるには、はやすぎないか?」
長身の男はしゃがみこみ、その髪がクラヴィスに届く。
「諦めてないよ。だから僕はここに来たんだ。魔法使い」
さかさまに映る男の顔を見て、少年はにこっと笑う。

「森を抜けて一面の草の中に赤い一つの家がある
そこに住むのは神様に見捨てられた者」

クラヴィスは弱々しく歌った。

「見捨てられた、ねぇ…
おまえがここでどうなろうが、俺の知ったこっちゃないな」
魔法使いと呼ばれた男は立ち上がる。

その腕には籠。
籠の中は、野菜、だろうか?

「まほーつかい。あなたは、ぐおーを捜してるんでしょ?」

その言葉に男の足が止まる。
風が吹いても大気は熱気に満ちている。
子どもの体力は軽く限界点を迎える。


「ね、僕、役に立つからさ。ひとまず家の中に入れてくれない?」
その緑の両目が、黒い両目に競り勝った。

赤い屋根の下、魔法使いが一人住んでいる。
誰の支配も受けずに。


魔法使いは寝台の寝息を確認しながら、
採りたての菜っ葉を選別していた。
「なんでこんなガキが、愚王のやつを知ってんだ」

言葉とは裏腹にその手は細やかに、美味しい食事の支度を進めていた。



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アメブロ初出。October 07, 2014
(C)MizcocyUamo
JUGEMテーマ:自作小説


愚王と魔法使い(仮) - - uamo72
愚王と魔法使い (仮) 1
この世を全て支配する。
それだけが、望み。

「では、その望みを叶えて差し上げましょう」
魔法使いはそう言った。

「いや、ちょっと待ってくれ」
歯止めをかける。
「魔法使いよ、それではまるで私が君に支配されたようではないか」


しゃり、と林檎を齧る音が爽やかに駆ける。
多くの衛兵たちが固唾をのんで見守る中、魔法使いは林檎を片手に近づいた。

窓の外には高く太陽。
天蓋に描かれた肖像は、どうしようもない構造。
武器を手に、魔法使い以外は動かなかった。


「ならば、愚王よ。私はここに跪こう。
あなたはこの林檎をどうぞ受け取るがよろしい」
そうして魔法使いはより低く、頭を垂れた。
その手で齧りかけの林檎を差し出したまま。


愚王は立ち上がり、左手を伸ばした。
その果実に触れるために。
その頭を踏みつけるために。

「いや、ちょっと待ってくれ?
それではやはり君の言葉に従ったようではないか」

かすかな舌打ちが誰に聞こえただろうか。
そして魔法使いは立ち上がり愚王の顔面に林檎を叩きつけた。

「いーから受け取れバカ女」
「ふっざけるなこのくそったれやろう」
顔に当たるすんでのところ、小刀で刺された果実は床に転がった。

この世を全て支配する。
それだけが、望み。

愚王が。
魔法使いが。
幼いころから互いを支配する日を夢見て十数年。
その決着は未だつかず、悪態をつく平和な日々。


「おや、ならばこれはわたくしがいただきましょう」
たなびく髪は白い絹糸のよう。
かがめば腰にさらりと流れてするりと戻る。

「「あ。」」


愚王と魔法使いの目の前で、
その実を女が齧る。


その日、
世界はごく一部を除きその女のものになったのだと、
今では誰もが知っている。

その女を誰もがこう呼ぶ。
神さま、と。


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アメブロ初出。October 06, 2014
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