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牢獄の皇女と本来そこに居るはずの将軍 16

談話室のふかふかの寝台の中でシャザは寝息を立てている。
傍に座ったラズがその手を握っていた。
皇族専用の談話室の中には主だった者たちが勢ぞろいしている。
誰が何をというわけでもなく、ただ小声で雑談をしていた。


「エイザ様」
その低い声は小さかったが、よく通った。
何かを決したように、その声の主は立ち上がって振り返り自分の父親を見た。


いつもなら声が出なくなる。
ラズはこの相手を恐れていた。
今も、後退りたい。
だが、どうしても気になった。
彼女が傷の痛みをおしてまで伝えたかった言葉。
それがどういう意味なのか知りたかった。
さっきまで握っていた手のぬくもりが残っているうちに勇気を振り絞る。

自分の左上空には実体のない妹がいる。
病弱な弟も、義理の弟も妹も、この部屋にいる。

父親は珍しく何も言わずにただ自分と似たような目を見ていた。
逸らすこともなく、無視することもなく。

「あ、の、」
何をどう言えばいいのかわからない。
それでも今、自分がなにかを言わなくてはならない気がしていた。


目が、目を、刺す。
(逸らすな、逸らすな、逸らすな)
それは祈りに近い。
ラズは逃げ出したい衝動を抑えることに必死だった。
ふいに相手がすっと動いた。

自分の左手に温かみを感じて、ラズは心臓が跳ね上がる思いがした。

エイザがラズの左手をつかんでいた。
その左手についた腕輪がシャラララと鳴る。

エイザ様、ともう一度口にしようと思った瞬間だった。
ラズには何が起きたのかわからなかった。
痺れるようになにか衝撃が走った後、数秒後に壮絶な痛みがきた。
わからないままにその場に崩れた。


「ラズ!」
方々から叫び声が上がる。
ラズは自分の手がぬめった液体にまみれていると認知するまでに時間がかかった。

その左手は、立ったままのエイザに掴まれたまま血まみれになっている。
手の原形は留めているが、肩より下のどこでどう出血しているのかわからない。
服は肩口からどこかに吹き飛んでいた。
露出しているはずの肌は、なかった。
骨が見えているような気もする。
わけのわからない痛みに、なにも考えられなかった。

(殺される)
ただそれだけがラズの頭にはあって、
ついにその時が来たのだ、というどこか諦めにも似た感情が広がっていた。
痛みに朦朧としながら父親を仰ぎ見る。
その顔は、視線を合わせて、見たことのない顔をしている。

困ったような、悲しいような、顔。

ラズに駆けつけたいはずの人たちは近寄れなかった。
半径何歩分かの魔法壁があって、母親のランでさえもがそれ以上は近づけなかった。
ただ、出入口に立っているシャロは、誰も出て行かせないし誰にも入らせない。
その扉は閉じたままだ。


血が流れては床に落ちていくはずの身体はそれ以上倒れない。
誰もが見ていた。
吹き飛んだ皮膚ができていく光景を、ただ見ていた。
その傷は無かったかのように消えた。
何事もなかったかのように腕は元に戻っていた。


「その痛みを、繰り返していた」

その声は滑空した。
行き先は息子の耳に。

「傷が消えても痛みはすぐには消えない。
どれほどに痛くても意識は落ちない。
そして、ほら」

二度目の、同じ現象。
ラズは痛みで朦朧とする意識の中で父親を喘ぎ見た。
掴んだ手は離れない。
これまでに一度だって握らなかったその手をエイザは放さなかった。

「今、ここにいる誰もが、これは俺がやっていると思っているでしょう?」

静かに微笑んだその声はひどく柔らかく、金髪碧眼の父親は床に膝をついた。
ラズの顔に空いた左手をあてながら目を見ていた。

今まで、向き合ったことなどない。


「弟が痛がる姿を見て、兄上はその痛みさえなければ俺が幸せになれると
そう思って、俺から痛みという痛みを全て消した。
俺たちが共有した想い出、記憶、大切な取り返しのつかない類のものを使って」


エイザ=ハーンは痛みを感じない。
物理的なことも、精神的なことも、何一つこの皇帝陛下に痛みを与えはしない。
かつてその兄がかけた魔法で、痛むことを失ったのだと、その場にいる者たちは皆知っていた。


「それは確かに俺の人生をある意味で楽にした。
だけどね、解っていたはずの痛みを理解しなくなった俺は
誰の痛みにも共感できない。
その精神的な辛さを理解しない。
俺はいったいなんだろうね?
これが人だというなら、これでも人だと言えるなら
なぜみんなはまるで違う何かを見る目で俺を見るんだろう?」


それは疑問形でありながら、確信を持った言葉。
エイザ、とシャロが声をかけたが振り返ることもなく
父親はただ息子の顔を直視していた。


「エイザ、ラズを解放しろ」
それは母親ランの言葉だった。
まるで少年のような声が、その傷ましい光景に降る。
赤い髪、赤い目が、怒りに燃えているような気さえする。
ラズはぼうっとした頭で視線をずらし、エイザの背後、その赤を見た。

それ以上は近づけないとその距離が物語る。

「ねえラン?これは俺の力じゃない」

ふわっとした違和感にラズは驚いた。
(痛みが消えた?)
一瞬前まであったあの壮絶な痛みが消え、
左手はその血にまみれながらもきれいなものだった。
ラズは思わず体勢を立て直し父親と対面する形で座り直す。


「ラズ?大丈夫なのか?」
シャロの問いに、ラズは頷く。

「エイザ。俺にはおまえが何を言っているのかさっぱりわからん。
シャザが言っていた意味もさっぱりわからん。
わかるように話せ」

ランは問い詰める。
この少年のような女に、化け物とうたわれる御仁は恐怖ではない。


「ラズ自身の力です」
その弱々しい声と共にランの視界にシャザがいた。
こんなに動いていては傷が塞がるはずもない。
シャザはゆっくりと歩みながら親子二人の傍に座り込んだ。
エイザが普段誰にも見せないような顔をした。

「この左手を引き裂いたのは、ラズ自身の力です。
魔法は年々強くなる、制御力も強くなるから安定する。
だが、エイザ様は自分の力は規格外だと言った。
そしてラズの力はそれと同じ質のものであると」


顔面蒼白、とはこの状態のことを言うのだろう。
シャザはもはや誰かと会話をしている風ではなく
見えない何か、どこか遠くに語りかけているような風だった。

「今、それを制御したのがエイザ様の力……」

疑問の顔を向けるランをちろっとみて、
シャロによく似た色彩の皇女は力なく笑った。

「それが本当の理由です。
ラズの力がラズ自身を破壊する。
けれど再生能力も常軌を逸している力は対して再生する。
制御できない以上それらは繰り返し行われ続ける。
だから、制御させる力をいれたんです」


「制御させる力?」
そう呟いた後に然るべき方を向いたのはエリザだった。

「シェルの、ことね?」
こくん、とその娘は頷いた。
傷を労わるようにラズは治ったばかりの左手でその肩を支えた。

「最初はこの城の力で抑えられていたんだよ。
シェルは存在力が弱かったからラズから切り離せなかったのは本当。
そのためにも安定してきたところでシェルを助けるためにここから出したのは本当。
ただ、今現在切り離せないというのは嘘。
具現化できないというのも、嘘」


「エイザ!!」
非難の声は一つではなかった。


「じゃあ聞くけど、シェルを切り離して、
ラズにさっきみたいな負の連鎖を背負わせる方が人道的だったかい?」

静かに怒っているようだった。
非難するならば代案を出せ、とばかりに。
しかし誰もそんなものは持たない。
そもそもが、わけのわからないような話なのだ。


「シェルを入れておけば、シェルがラズの力をある程度使用し、
少なくとも暴発――と俺たちは呼んでいるけど――はしなかった。
それも年々ラズの力が勝るようになるし、シェルも自身の力が強くなる。
どうにもこうにもできない、というのは本当だ」


ラズはなにか厚い壁を隔てたところで話を聞いていた。
何を言っているのかわからない。
今の話を聞けば、それは、なにか今までのことが全部違う解釈になるのではないか。
それらと向き合うことが怖いような、あえて見ないふりをしたいような気持ちだった。



「簡単にいえば、手におえないラズの力をシェルを利用して抑えてた。
あんたが今までやってきたことは、
ラズを苦しめないようにするための手段だったってことね?」

同じ顔をした双子の妹はあきれ果てた声でまとめた。

「それならそれでそういえばいいだろうが!!」
ランは激怒していた。
その内容はその場にいる者たちの代弁でもあった。


「言っても解決しない。
これは誰にもどうにもできない。
俺は自分の状況を力の牢獄と呼んでいるけど
シャロやランでさえ、俺を殺すことが難しい。
俺が死んで全てが終わるなら、物心つく前に殺されて平和が実現していた」

だがそれはできなかったのだ。
どんな傷でも治してしまう力と、内側から器を壊してしまう力の天秤は
これが世界のいろんなことに使えるエネルギーであれば
どれほど安泰な供給源だったことだろう。

「力の牢獄から出る手段は一つ。
力が尽きるまで待つことだけだ。
器としての俺が短命なのははっきりしている。
ただ死んだ後でこの力が本当に霧散するかどうかは、
その時になってみないとわからないけどね」


それにね、とエイザはつけ加えた。


「このリスクをちゃんと言ったはずだよラン。
望まないとも、継がせるべきではないとも、
意図的にではなく悪いほうへいくばかりだとも。
三人に言ったはずだ。

俺は自分の血をつなぎたくないと。

結果この責任を誰がとる?
俺が四六時中制御して、監視して生き殺しにする?
それこそ牢獄だ」


は、ははは、と声が響いた。
何事かとばかりにその出どころを探る。


ラズは支えるその肩からのびる美しい首を見た。
白く血の気の無い顔に紫色の目が生きている。
長い髪が背中の傷を隠していたが、血の匂いはひどかった。


シャザは笑っていた。
声を上げて。


談話室の中に反響するそれらが不気味だった。
ずっと息をのんで事の経過を見守っていた
双子の妹シャリザも、リマイも、誰もかれもが
その異様さに固唾をのんだ。



「一方通行の片道切符。
その牢獄行きのその鍵を私にくださいませんか」


シャザがそれを言ったかどうか。
エイザの身体が壁まで吹き飛び叩きつけられていた。

(続く)
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牢獄の皇女と本来そこに居るはずの将軍 - - uamo72
牢獄の皇女と本来そこに居るはずの将軍 15


「あなたは言った。
制御不可能なものを二つ一個の容れ物に入れている、と。
そしてあなたは言った。
ラズとシェルを切り分けするのが難しい、と。

おかしな話ではありませんか陛下。
反作用し合って、食い潰し合う二人が切り分けできないだなんて。
不思議ではありませんか。
初めから二つのものを入れていると言ったのに分離もできないだなんて。

あなたほどの人が?
人の生死でさえ、時間や空間のなにもかもをどうとでもできるあなたが?
たった一つの魔法力を実体化することができない?
自身の傷でさえ自動的に治してしまう禁忌の体質のあなたが?

陛下。

この世の中で物理的にあなたの思い通りにならないことなんて
何一つないはずです」



それは、誰もが口にしないが誰もが知っている話。
人知を超えた生き物が存在している話。

当の本人は、無表情でシャザを見ていた。
床から怪訝な顔で息子は父親を見上げていた。
その距離はわずかに二歩。

化け物といわれ育った少年が
この国のその立場に落ち着くまでにどれほどの血が流れただろう。
少年が欲しくもなかったその力と引き換えたものはどれほどのものだっただろう。
その血が未来に残ることをどれだけ憂いただろう。


だが、そんなことはシャザにはどうでもよかった。
そこのところは、自分の父親にでも任せる話だ。
シャザにとっては、その顔立ちによく似た地面に座っている男のほうが大事だった。
その男が大事にする、同じ顔をした亡霊のような女のほうが大事なのだ。

背中が熱い。
傷のせいか、口走っているこの感情のせいか。


「あなたは、自分の血を呪っている」


呪いたくもなるだろう。
なんでも思い通りになるなら、それは夢みたいな話じゃないか。
そうではない。
そんなに簡単なことではない。

他人と違うということ。
他の誰もが持たないものを持っているということ。
他の誰もが持っているはずのものを引き換えているということ。

自分の想いを共感してもらえないという、孤独。


その制御できない力で殺めた人がいることをシャザは知っている。
それが、エイザ=ハーンにとって大切な人だったということも。
弟のその力を抑えるために、制御するために、
エイザ=ハーンの兄は大きな対価を支払った。
それもまた、知っている。


「自分の血を継いだ、力を継いだ実の息子を嫌っている」
シャザのその言葉にラズが顔を逸らし俯くのが見えた。
エルロットが非難するように声を上げたが、シャザはするりと流した。
シャザ、と父親であるシャロの声がする。

シャザは、エイザを見ていた。
その視線はぶつかったまま、双方ひかない。
手摺を握る手が汗で濡れている。
震えるような寒気を感じて、しかしシャザは熱かった。


「そこまでは本当です。
だからこそ、父や母、ラン様でさえも、気づかなかったのでしょう」



いつも薄ら笑いをしているエイザの顔に、今はそれが無い。
シャロの隣にはランがいる。
ランの斜め後ろにはエリザがいる。

エイザ=ハーンを支える三人柱がそこにいる。


「シェルではなく、ラズだった」

シャザの声が地に落ちる。
なにが、と疑問の顔をしている者が複数人シャザを凝視していた。


「シャザ?なにがラズだったというの?」
母親が娘に聞く。
金髪碧眼、皇帝陛下と同じ顔を持つエリザは困惑した顔でシャザに歩み寄る。


シャザの膝が崩れた。
手摺に捕まる力ももうない。
広間の床にべったりと座りながら、息を切らしていた。
その肩にエリザが手をかける。

随分と近くなった距離。
それでもその手に触れるには勇気が要る。

(ここは檻だ)
以前シャザはそう思っていた。

本当に?
本当に自分は閉じ込められて束縛されて、それしか無かったのだろうか。
一度でもこの母親が自分に求めることの意味を考えたことがあっただろうか。

母親はずっと自分の言葉をまともに取り合わなかった。
自分はずっと母親の言葉に向き合ってきた?



(見えてないものがあった)
シャザはふふっと笑いを浮かべた。
冷や汗が落ちる。
肩が温かい。


「陛下が、守って、いたものは、シェルではなく、
 ラズ、だったん、ですよね?」



シャザの目は床を見ていた。
顔を上げることが辛い。
支える腕に縋っていた。
ずっと触れることさえかなわなかったその母親の腕に。

「どういう、こと?」
エリザは娘に聞く。
だがシャザは返答ができなかった。


意識が、落ちる。
どこか遠くで母親の声がぼわんぼわんと響く。
「シャザ!」
叫んだのは誰だったか。



シャザはその意識を手放した。



青い目が、その光景を見ていた。
そして身体の向きを変えると二歩。

その手を鎖にかける。
その手で枷をつかむ。
崩れ壊れたそれらを踏んで、倒れたシャザに駆け寄る息子を父親は振り返らなかった。


風が吹く。
誰かが誰かの想いに動く時、
なにかがなにかに走り寄る時。


広間にみえない風が吹き、言葉の端がはためいていた。
牢獄の皇女と本来そこに居るはずの将軍 - - uamo72
牢獄の皇女と本来そこに居るはずの将軍 14

シャザ皇女が重傷を負ったらしい。
人の口に戸はたてられない。
その噂は一日と経たず城中を駆け巡っていた。


「命に別状ないんでしょ?」
あの女のことだから殺したって死なないわよ、と言わんばかりにシャリザは吐き捨てた。

吹き抜けの広間には皇族と警護軍が揃っている。
「襲ったのはあれだろ?」
ルーティンが指した先には例の幽霊が浮いている。
ラズ皇子に見える、ラズ皇子ではないなにか。

見えない力に括りつけられているかのように
部屋の中央から動かない。
ラズ皇子ではないのだと誰もが知っている。
そのすぐ下に本人が座していたからだ。
腕は後ろに鎖で巻かれ、その両足にも枷がつけられている。
ラズは俯いていた。


「さて、」
軽快な声が響いた瞬間、城中の音が消えた。
少なくともそう感じるくらいには、誰もが静かになった。

この国の頂点にたつ金髪碧眼、
化け物とうたわれる皇帝陛下はにこやかに笑って幽霊もどきに歩み寄る。

「実害が出た以上、君をこのまま放置するわけにもいかないんだなあ?」
声の軽さがどうにもその内容と合わない。
こつこつと金属製の靴が鳴る。
シャラララと腕輪も囀る。


「シェル?残念だ。君を消さなくてはならないね」
その表情にそんな気持ちは微塵も感じ取れない。

事情はほとんどのものがよくわかっていない。
しかし誰も口を挟まなかった。
疑問の声さえ上がらない。


「エイザ。それ以上力を行使するのであれば本気で対抗するぞ」
言葉を発したのは皇帝直属臣下のシャロ。
その身は世界最強の結界魔法を誇る。
その声は重い。


ちらりと左後方を見て皇帝は幽霊もどきに視線を戻す。
つい、とその左手があがろうとした瞬間だった。


「待ってください」
誰もが突然降った声に広間につながる階上の通路を見た。
手摺につかまりながら、それは重傷を負った皇女。
声が傷に響くのだろう。
その顔は険しい。
よろよろと体重を自分以外の物に頼りながら階段を下りる。
背中の傷は肩口から腰までにわたっていた。
階段も終わったところで、手摺に寄り掛かるようにして足を止めた。

「待ってください、陛下」
その声は本人の状態に反して凛と響き渡った。
誰もが好奇の目で見ながらも沈黙を保つ。

「おや。無理はいけないねシャザ?」
にこやかに笑いながら件の男は姪を見る。
それに返した視線は突き刺すようなものだった。
青い目に紫の目が反抗する。


「あなたには子供が五人いる」
その言葉から始まり、シャザは全てのことを曝していく。
ざわめきが、どよめきが。
エイザ=ハーンの顔は無表情だった。
そこには何も映っていない。

総てを暴露し終えるとシャザは一度呼吸を整えた。
息が荒い。
痛みも相当だが、おそらく傷が開いている、シャザは自覚していた。



そしてシャザはふっと目をずらした。
そこには信じられないような顔で泣きそうな顔をした男がいる。
それは今暴露した一連のことに対してか、この傷に対してのものか。
自分よりも大事な女がいるといった皇子。
妹を助けてやりたいといった皇子。

(そんな顔をするなばかもの)
顔面蒼白になりながらシャザはつい苦笑いをする。
常用薬は手放した。
傷だらけだった腕も身体も痕が残るばかり。
常用薬を欲しがれば口を塞いでくれた。
傷を増やそうとすれば優しく撫でてくれた。

落ち着くまで飽きることなく傍にいた。


シャザは視線をその父親に戻すと真っ向から見据えた。
これを言わなくてはならない。
これを言いにきたのだ。


「私たちはなにも偽ってなどいなかった。
シェル、どうか信じて欲しい。
偽っていたのは、最初から偽っていたのは、
そこにいる陛下なのだ」



シャラララと音がした。
それは、父親のものだったのか息子のものだったのか。
対の腕輪がひとつ。

袖をつかんだ手を、
どうしても振りほどけなかった父親がそこにいた。



(続く)

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牢獄の皇女と本来そこに居るはずの将軍 - - uamo72
牢獄の皇女と本来そこに居るはずの将軍 13

その扉をたたくには、相当の勇気が要る。
何かを開くということは、いつだって相応の勇気が要る。
それでも、シャザの心は決まっていた。

七つの塔に分かれ、いたるところの空間が捻じ曲がっている魔法要塞。
それぞれを繋ぐ回廊も、階段も、見た目通りにはつながらず
それもある一定期間ごとに行き先が変わる。
普段滅多に出入りしない回廊。
ここにたどり着くまでが大変だった。
親世代の私室が並ぶ回廊を見回しながら
どうしてもあと一歩が踏み出せずにいる。

個々の部屋によって、戸の形や造りが違うのも
魔法要塞ならではの特質だろう。
母親―――エリザの部屋はノッカーの付いた鉄の扉だ。
これで防音のきいた部屋の内部に音が伝わるから理解しがたい。
そんな事を考えながらノッカーに手をかける。

震える手がみっともない。
怖がる足が、情けない。

コツコツ。
石と鉄が触れ合って音が静かに響く。
夜も更けて、出歩きが許されるぎりぎりの時間だ。
魔法が組み変わるこの要塞の中では夜中の出歩きは禁止だ。
それは皇女であるシャザでさえ。

「珍しいお客様ね?」
キィっと開いて、冷ややかな声が降る。
なぜ泣きそうなのか、シャザにはよくわからない。

入りなさい。
そう言われて素直に従う。
母親の部屋に入るのは初めてだ。
そう思いながら座りなさいという指示に従った。

とん、と卓に器が置かれた。
ふかふかの椅子が疲れた足に心地いい。
対する側に熱いお茶を手にした母親が座った。

「それで。この時間に、何?」
言葉の強さとは裏腹に器に注ぐ仕草は柔らかい。

「母上は、いや…」
話したいことも、話さねばならないこともある。
ところがうまく口にできない。
手が冷えて、喉が乾く。
こんなことではまた叱られる。
なにか言わなくてはとうつむいた顔を上げる。

エリザはシャザを直視、していた。
その顔は怒るでもなく、叱るでもなく。
何かを待つように。
「お茶、飲みなさいな」
乾いた口に、渇いた気持ちに温かい。
手がじんわりとしてくる。

「母上は、シェルのことをご存じなんですよね?」
本題を切り出す。
強張ったものがほぐれていくのがわかる。

「知ってるわ」
「意見をくださいませんか」
思いもよらぬな言葉に、エリザは目を見開く。
「何に対する意見?」

「暴れるラズの力と、確立できないシェルの存在。
それらをなんとかするために最初はこの城に置いた。
落ち着いた次はこの城の魔法作用を避けるために外に出した。
そしてもう一度、この城に戻した。そうですね?」
「シャロからそう聞いてるわ」
「二つの魔法が形としてそこにあるとして、
片方を無効化することは母上には可能ですか?」

「私の魔法無効化の力は残念ながら任意ではないわ。
おかげで自分にそんな能力があることも知らなかったくらいだもの」

それはほとんど知られていない話。
同じ顔を持つ双子の兄は、あえてそれを伏せている。
”エリザには普通の人間として生きて欲しいから
こんな化け物皇子の力を無効化する双子の妹としてじゃなく、ね”
と言ってのけた兄の真意は上っ面などにはないことは承知している。
単にエリザの能力を隠しておいたほうが
いざという時に便利、それだけなのだ。

「父上は、水竜と並ぶほどの結界魔法を扱えます。
そしてその力は多少なりとも私に継がれている」

魔法能力の有無は純粋に遺伝子による。

「まだ訓練が必要ですが、私にもそれなりの結界魔法が使えます」
「それで?」
「私に、母上の魔法無効化の能力は継がれていないでしょうか?」

面食らった顔をして、エリザは動きを止めた。
「そんな、ことは」
「単純に考えれば継いでるよ」
そんなことは知らない。
エリザがそう言おうとして、低い男の声が割って入った。

「父上…」
よくよく考えれば、ここは二人の部屋だ。
時間も遅い。
父親が戻ってくるのは至極当然だった。

「ちょっと待って。私は一般魔法は一切合切使えないわよ
無効化の力を持つのに、結界魔法が使えるっておかしいわよ」
「呼吸と同じだな」
「は?」
「吸うことと吐くことを同時にはできないがそれぞれはできるだろ?
お前の場合は単純に片方しか能力がないってことだろ」
「いや、それは、まあ、そうね…」
いつも強気な母親が、なんだか可愛らしい。

「私にその力があるとして、任意に使えると思いますか?」

シャロはエリザの隣にごく自然に座る。
そして娘を見て静かに答えた。

「任意に、は難しいだろうな。魔法能力自体は遺伝子があればいい。
だが、魔法を使いこなすのは全く異なる別種の問題だ。
いわゆる、魔法が強い、というのは
どこまで引き出せてどのぐらい使いこなせるかがほとんどだ。
力を自覚すらできてない者が任意で使いこなすレベルに到達するのは…」


「私、無自覚でエイザの魔法吹き飛ばしたことあるけど?」
「おまえの力は大きい代わりに制御不可能な代物だ」

最近どこかで聞いた覚えのある言葉だ。
なるほど。
確かにこの母はあの化け物とうたわれる人の双子の妹なのだ。

「それで。何故そんなことをきく?」

思えば、両親そろって話を聞いてもらうなんてことがあっただろうか。
それも仕事の話ではなく、一個人としてのことを。

「父上は、ラズとシェルの関係をどうお考えですか?」
「どうと言われてもな…」
「現状どうしようもないと?」
「そうだな。シェルを切り離すことも、閉じ込めることもできないからな」
「でも消すことはできる?」
「シャザ。それはできないことだ。そうだろう?」

シャザはじっと紫の目を見る。
穏やかで静かで落ち着いた目。
その目が、自分の想像を遥かに超える世界を見てきたと知っている。

「倫理的に、ではなく、物理的にはできるんですよね?
少なくとも陛下はできると仰った」
「物理的には、だ。できたとしても俺はそれは認めん」
「それは私も許さないわよ」

シャザはじっと両親を見る。
ここまでちゃんと見るのは初めてな気さえしてくる。

「私には魔法無効化の力そのものは有る。
ところが任意でその力を使うことは難しい。
シェルを分離することも、閉じ込めることもできない。
が物理的には消すことができる」

「まとめるとそういうことね」
「わかりました、ありがとうございました」

そう述べて、深々と頭を下げて立ち上がる。
鉄の扉に手をかけてシャザは、後ろに言葉を投げた。

「母上。……いえ、なんでもありません」
その扉をたたくには、相当の勇気が要る。
今は目の前の鉄の扉で精一杯だ。


シャザは部屋から出て行く。。
遅い時間だ。警護軍に見つかれば咎めを受けるだろう。

夜風が吹き込む窓から夜鳥の鳴き声がする。
暗い闇に囲まれて、それは夜の中に納まった鳥。

少し肌寒い。
ぶるっと肌を震わせて、部屋へと急ぐ。


あと一つ。
角を曲がれば自分たちの部屋が並ぶ通りだ。
それは夜風に混じって突然の来訪。

シャザの部屋の前で物言いたげな顔で立っているそれは、シェル。


夜風などではない、
うねった空気に強く背中の痛みを覚えてそれは突然の攻撃。
崩れ落ちたシャザは自分の温かい液が流れ出るのを感じていた。



待って。
声が、出ない。
去ろうとするその実体を持たない背中に、視線を投げる。


待って。
お願い。
あなたは誤解している。

夜の中で鳥が鳴いている。
あの日、
私たちに偽りはおそらく無かった。
無かったのだ。
偽っていたのは、私たちではない。
私たちはいつだって偽らない姿でいようと必死だ。


鳥は必死に鳴くが、その声は風に消える。
木がざわざわと噂して、なびいたのは夜露。
きらっと光って鳥を濡らした。


---


小さな容れ物に、大きなものをいれたら中身がこぼれてしまうよ。
こぼさないようにするにはどうしたらいいかしら?
大きな容れ物に移し替えることはできないよ。

「中身を圧縮すればいい」

大きなものを、小さく小さくしようとする。
圧をかければかけるほど抵抗は大きく強く。

「ほら。収まった」

檻の中に、小さくまとめて圧しこんだ。
年々大きくなるものに、年々強まる圧。
それは、抵抗をさらに大きく。

圧を弱めたら中身がこぼれてしまうよ。
けれど無尽蔵に増え続ける圧で小さな容れ物はもう満杯。


どちらか一つを選ばない。
どちらか一つを選べない。
その理由はわからないけれど。


手を開いた。
そして、むすんだ。
あの日、ほどけたものを。

大きな容れ物に、小さなものひとつ。
あの日、うまれたものひとつ。
小さな手が生みだした、そのひとつ。

---(続く)
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牢獄の皇女と本来そこに居るはずの将軍 - - uamo72
牢獄の皇女と本来そこに居るはずの将軍 12
「シャザ。次はこれを」
母親はいつも、難しいことばかりをシャザに与えた。
「エルロット。あなたはしなくていいわよ」
エリザはいつも、従兄弟のエルロットやアインスに優しかった。

「母上。私も遊びたい」
シャザはいつだったか涙ながらに訴えたことがある。
待っていたのは言葉の攻撃だった。
それがどんな言葉だったのか、あまりのショックで思い出せない。
ただあまりにも痛くて、城から逃げ出した。
自分にそっくりな妹がいる。
そう聞いていたからシャザはミサトに向かった。

そこで見たものは自分の知らない世界。
自分が夢見た世界。
楽しそうな妹を前に、城に連行しろと引き摺られる自分の足を見た。
それは履いているものが違う、着ているものが違う。
軽く、何処へだって自由に行けるものではなくて
重く、城の中を決められたとおりに動くためのもの。

誰にも声がかけられなかった。
その世界には、自分などいない気がしたからだ。
要らない気がしたからだ。

城に連れ戻された後のエリザはさらにひどかった。
全てのスケジュールを管理し、掌握し、命令する。
父親は直接触れる場所に居ることはほとんどなく
(ここは檻だ)
いつからかシャザはそう思っていた。
ここは自分を閉じ込め、飼い殺すための監獄だ、と。

「第一皇女なのだから」
それが母親であるエリザの口癖で、全ての理由だった。
第一皇女だからミサトには行かず英才教育を受け
来るべき日に備えるのだ、と。

物に当たれば、エリザの監視はますますひどいものになり
人に当たれば、周囲全てが敵になる。
逃げ出そうとしても魔法要塞から逃げ出すことかなわず、
(自分が、いなくなればいい)
そう思い詰めても、
いざ高いところに立てば足が震え、決断はできなかった。

だから、ほんの出来心だった。
ちょっと刃物を自分にあてがってみたのだ。
ちくり、と痛んで赤く流れた。
目に見える傷が流した涙のようで、少しだけすかっとした。

これなら当たっても誰も怒らない。
だって自分に自分を当てているんだもの。
なにかが和らぐように、シャザはのめりこんだ。

ひとつ、心が傷つけば
ひとつ、赤い線をつける。
いくつもいくつも、傷つけば
何度も何度も、切ってゆく。

見つかればきっと怒られるから
隠しておけばいいのだ。
隠せる場所にすればいいのだ。

あまりにもやり過ぎたときには
隠すための手当てさえ必要だった。
包帯や薬を探してふっと見れば、そこには魔法の薬。
試して見ればこれがとても快感で、
初めて味わう穏やかさに病み付きになる。

見つかればきっと怒られるから
隠れて吸えばいいのだ。
隠れた場所でやればいいのだ。

ひとつ、心が傷つけば
いっかい、気持ちを静める。
いくつもいくつも、傷つけば
何度も何度も、吸ってゆく。


「今すぐ、やめないと死ぬぞ」
言われなくても知っている。
だからやっているのだ。

「がんばってきたんだね」
そうとも。
だがこのがんばりは報われない。
なにひとつ認められないまま。

傷ついた自分を哀れんで、病んでいく己を嘆いて
そうして取り返しがつかなくなったときにあの人が気づけばいい。
"私が悪かったわ"、と。


---

「こんな最下層までまた来たのか?」
見張りはどうしたんだか、と男は投げやりに呟いた。
鉄格子を挟んで一対の男女。

「妹はいま、いるのか?」
その言葉になにも答えない。
「今までの会話も、なにもかも、夜の情事でさえ聞かれていたわけだ?」
知っていたのと知らないのとでは大きく違う。
「そうだと言ったら怒りますか?」
男は視線を合わせない。
「いいや」
え?
そんな顔をして思わず目が合ってしまう。
女は微笑んでいた。
そして寝台に座っている男の向かいにどかっと座った。
男が若干見下ろし、女は気持ち少し上を見る。
この男がこんなに驚きを顔に出すことは珍しい。
「それで干渉しなかったのであれば、立派な妹だ
できなかっただけかもしれんがな」
シャザは自分の服に隠れた腕をもう一方の手でさする。
ざらざらと触れたそれはいろいろな思い出。

「…嘘だよ。俺の目を通してものを見るとか
俺の耳を通して声を聞くとか、
あいつのほうは、そんなことはできないよ。
少なくとも罪人として俺がここに来るまで
人前で表層には出れなかった」
あいつは俺の中にずっと居たんだよ、と切った。

「人前以外では出てたこともあるのか?」
「俺の身体を使ったことは何度かあるな。
あと人目に見えていなくても力として外の出歩きはあった。
いずれにしても上手く長時間ていう訳にはいかなかったけどな」
「おまえの身体で?動く?別の人間が?」
「そう。でも俺の場合はちゃんと自分の使用権みたいなもんがあって
五感とかも俺なんだ。
だからあいつは実体の感覚はわかんないみたいだ」

風が抜ける。
日中だから窓の外は明るい。
けれどその光はなかなかこちら側に届かない。

「……私に妹の話をしなかったのは…」
俯いて歯切れが悪いのは、質問することに迷いがあるからだ。
間が空く。

「あいつを助けてやりたい」
それはとても真面目で怖いほど真剣な声。
おそらく、誰も聞いたことがないほど深刻な。
「わたしもそれに同意したいところだが、誰にもどうにもできない」
その声が少しくぐもる。
膝の上で手を固く握り締めている女に
男はどう返すか、少し考える。

「おまえ、さ。一回、エリザ様とゆっくり話してみたほうがいい」
突然の言葉に意図を量りかねる。
話題がなぜ違うところへいくのだ。

「俺と、あの人は、話をすることすら無理だけど
おまえとエリザ様には余地がある。たくさんの余地が」

「なにを突然…!」
思わず自分の腕に爪を立てる。
それは今、今話すことではない。
少なくともシャザはそう思った。

「あの人がっ!……あの人が…口外するなということを
俺は破れない。心情的に、じゃない。物理的に、だ」

大きな声が牢に響く。
あの人、が誰を指すのかきくまでもなかった。

「俺が下手すればシェルが消されるんだ。
嘘じゃない。軽口でもない。あの人は笑いながらそうする。
シェルが嫌いだからでも憎いからでも邪魔だからでもない。
俺が嫌だから、それを理由に」

こんな顔は初めてだ。
付き合いもそれなりで、自分にしか見せないだろう顔を見てきたが
これはない。
こんな泣きそうに歪む顔は一度だって見たことがない。
弟が死に掛けていたときでさえ平然としていたのに。

「だから、私にも言わなかった、か。
確かに陛下はどこで何を知るのか万能なお方だ。
秘密が何処まで通るかすらはかりかねる。
賢い最善の選択だ」

すっと立ち上がってシャザは方向を変える。
一番聞きたかったことは聞いた。

「だが、もう一つ」
背にしながら声を放る。

「もし、もしも。妹のことがなければ…」
然るべき立場になれてた?
対の腕輪が左腕に輝いた?

「いいや」
最後まで言わなくとも男は女の質問を理解する。
女は何も言わず背を向けて立っていた。
軽く唇をかみながら黙って歩き出す。

「シャザ。俺が嫌だから、それが理由になるんだ」

背中を追ってきた言葉はそのままの形を保たない。
見張りはまだ薬で寝こけていた。
軽く小突いてからシャザは執務室へと戻った。

"いいや"
否定の言葉が頭をめぐる。
別に関係そのものが変化するわけじゃない。
婚約が全てじゃない。
実際、断られてからも関係は続いていた。

けれど。
ざらっとした傷だらけの腕に気持ちが乗って欲しかった。
それだけで安心できると信じたかった。

「シャザ。何処に行っていたの?
シャリザたちの書類を早く取りまとめて?」
こんな時に、横殴りの声。
その声は皇帝陛下のそれと大差がない。
男女差があれど、区別をつけるのが難しい。

「今、まとめてきます」
カタンと席を立つ。
早目がいい。
この人相手は遅くなればなるほど面倒くさい事になる。

足早に去る娘の後姿を母親は眺めていた。
「日中の見張りが一人っていうことを疑問に思わない辺りが
シャロの迂闊さの遺伝ね」
最下層見張り配置指示表を細かく破き、執務室のゴミ箱に捨てて母親は去った。

---

「だーかーらー!なんで混ぜたのよっ!」
談話室で声を荒げる双子の妹に、正直いらついていた。
どうやら全員の書類がぐちゃぐちゃに混ざったらしい。
「どうだっていいから早く寄越せ」
苛々する。
"いいえ" が何度も現れようとしては頭を振る。

「大体ルーティンがふざけて転んで机に倒れこんだのが悪い!」
「転んだ原因はおまえだろうがリマイ!」
「あーもーうるさい。ほらよく見ろ。そっくりだから区別つかないぞ
どっちがどっちのだ?」
「シーカ。それがこっちに決まってんでしょ!」
「シャリザのくせになんで言い切れるんだよ」
「見た目一緒でも片方は保護シート付で手直し不可!
もう片方は水でも消えちゃうような代物よ!
中身はそっくりでも大本が違うの!
「どうして重要書類って魔法シートかけるのかしら」
「保護するためだろ…」
「直せないんじゃ保護になってないわよ。書き直しが必要な時は逆効果よ
内容が動かせないんだから護るどころか
魔法を普段使えない書き手への攻撃よね
それに比べて魔法保護のない書類って素直でいい子だわー」
「おまえら、黙って手を動かせって…」
シーカには黙って待っている背後の視線が痛い。

「ちょっと待て」
思わぬ待ったに四人が目を向ける。
「リマイ、シャリザ、それで直す時はどうするんだ?」
「は?」
「おまえたちはどうしてるんだ?」
シャザの常識では魔法保護を単純に魔法使用許可がある場所で魔法で解くのだ。
割と簡単でお手軽な魔法だけに
許可のある部屋では普通に解ける、のだ。

「どうって、あんたそれ嫌味?」
リマイは思いっきりしかめっ面をしてみせる。
だが、相手の思いもよらぬ顔にすぐに元に戻った。
子供がなぜ空は青いのかを尋ねるような、顔。

「普通の紙に書いて、できる人に魔法シートをかけてもらうのよ
大元から変えて書き直しちゃうわけ」
「いっとくけど、リマイもシャリザもしょっちゅうだぜ?
保護してなくて水零した時とかは代筆頼んだりまでして複製してるもんな?」
「ちょっと!」
言わないでよと二人がルーティンに襲い掛かる。
「なにか、疑問でも?やっぱりまずい、のか?」
「誰が書いても、内容が変わってなきゃいーだろーが」
「そうそう。印は然るべき人に押してもらうわけだしね」
「ルーティンたらいいことも言えるんじゃない!」

ちょっと待て。
あの時、あいつは何て言った?

「ちょっと…?シャザさま?」
「なにあんた、私たちがバカだとでも言いたいわけ?」

立ち尽くすシャザに四人が反応を窺う。

「いや、すごい」
その響きに疑問符が浮かんで、その顔が驚きに変わる。
気難しい皇女様は声をたてて笑っていた。


そうだな。ああ、そうだ。
私たちには余地がある。
たくさんの余地が。
ゆっくりもう一度考えてみる必要がありそうだ。

どうせ、出られない牢獄の中。
ざらっとした両腕をさすり、皇女は笑いをたたえて部屋を出る。


そっくりな紙が二枚。
どっちがどっち?
大本が違う二枚の紙。

二つを一つにまとめて、どっちがどっち?
わからなくしたのは誰?
わからなくしたのは何故?

それは、大本が違うと知っている誰か。
そっくりな二つを一つに仕立て上げた、誰か。
さて、鳥は牢獄の中で囀ろうか。


---(続く)
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牢獄の皇女と本来そこに居るはずの将軍 - - uamo72
牢獄の皇女と本来そこに居るはずの将軍 11
表向きは病気療養として
ラン帝妃はエリザを伴って半年間人前から姿を消した。
「その間に産まれた子供は二人に見えて三人」

その場にいる人の疑問符を認め、しかし黙らせたまま権力者の独白は続く。

「”結果はこの城に持ち込まないこと”。それが条件だったからね。
このまま一番楽に話がつけられるヌル帝国に、という流れだった。
でも、まあ、予想通りというか、さすがに想定外というか
結果的に無理だったんだよねえ」

「無理?」
尋ねたのは赤い髪と目をした病弱な子供。
「ヌル帝国に預けようとしたんだけどねえ…。
まあ、簡単に言えば片方は生命維持ぎりぎりの状態。
もう片方は、家を半分吹き飛ばすくらい魔法力が暴走。
放置してヌル帝国に何かあれば、それこそ面倒で大問題だ。
だから結果的には、この城に引き取った」

「ちょっと待ってください。僕たちがここにいたなんてことは誰も…」
フィズが言葉を挟む。
エイザはちらりと見てから、言葉を続けた。

「そう。知っているのは一部の皇族だけだ。
それも出自に関しては俺たち四人しか知らない。
でも数年間はここで預かっていたよ。
フィズ君の状態が落ち着くまで。
のはずだったんだけどね。
まあ、そうも言ってられなかった」

「なぜだ?」

「エイザが息子を殺しかねなかったからだ」
突然降ってわいた声に、思わず身構えたのは三人。
「父上…」
シャザの髪や目の色は父親譲りだ。
「シャロも黙ってきいてるなんて人が悪いなあ」
シャザとエイザが対照的な顔で声の主を見る。
「殺すって…そんな…」
驚きを隠しながら、エルロットが言葉を濁す。

「事実だ。ランに似たフィズにはそうでもないが、
自分に似たラズには容赦ない。
実際俺やランが止めてなければ何回か死んでたかもしれん。
でもあの子の力を抑えられるのはエイザだけだしな。
フィズもヌル帝国に送り出せる状態じゃなかった」

父親のあっさりとした言いように娘が噛み付く。
「だからって!そもそも実子ならそのままでいいじゃないか」

「エイザの問題だけじゃない。それが例の噂の中心人物だ」
「あの兄にそっくりな幽霊のことですか?」
「…名前をシェル。ラズの一卵性双生児、なんだが…」

沈黙が時間を惑わせる。
「身体を持たず、魔法力だけで存在してるようなもんでねえ…
魔法無力化の結界や、反作用の強い魔法で空間が捻られているこの城に
あの子を置いておくことは難しかった。
実体化させるには魔法が打ち消されるし
あれに閉じ込めてしまおうかとも思ったんだけど
完全に閉じ込めようとするとあれの中で暴れるし困ったお嬢さんでねえ」

まあ、それに?
あれをそれ以上近くに置いとくのも我慢ならなかったのが一番の理由ではあるけど?

付け足された言葉とその笑顔に誰も何も言わない。

「ちょっと待ってください。
僕たちは本当は三つ子で、あなたの子どもであるということはわかりました」

寝耳に水な話であっても、とりあえず受け止めていかないと話が進まない。
フィズは努めて冷静を保ち、できうる限り穏やかな声を目指した。
「でも、肝心の今回のことに関してがよくわかりません
兄はなぜ牢に?」

ゆっくり息を吐いて、言葉を続けたのはシャロだった
「当時のシェルにとってこの城の結界は悪い作用だった
だからヌルに半ば無理やりに出した
ところが、だ」

ちらっと横目で古き親友、現皇帝陛下を確認する。
その視線を受けてか気だるそうに口を開く。
その顔はいつもに反して笑っていない。
「魔法はね、純粋に年齢とともに強くなる
その代わり制御力も強くなるから安定する
普通はね。でもそもそも俺の場合、規格外だ
基本的に、俺の力は制御不可能な代物だ
あれの力も全く同じ質のものだ」

それがなんだというのか。
フィズは要領を得ない回答に少しいらつく。
その空気を読んでか、エイザは真面目な顔を崩して笑った。

「制御不可能なものを二つ、一個の容れ物に入れてるんだよ
その力は年々増していく。言うなれば食い潰し合いだ
あれが消えることは賛成だが、シェルは助けてやりたい
かといって厄介なことに一個の入れ物を共有する二人を
別々に遠ざけることもままならない。
シェルの存在力があれの力に依存してるからねえ。
容れ物の中でのせめぎあいも限界だろうから
戻る許可だけは与えた。
昔は結界作用に消されかねなかったが、今は逆に力を押さえ込んでくれる
ここの結界の反作用が今は上手く作用するというわけだ」

「あのな。すごく簡単にあっさり言ってるけどな
つまりエイザは戻る許可しか与えなかったんだ」

シャロが口を挟んだその意味がわからず
子供たちはその説明を望む。

「素直に正面から入れる招待状を出したわけじゃない
ヌル帝国のラズ将軍がここに移籍するには相応の理由がいる
よほどの理由が」

父は娘を見た。
その顔は、すでに何かをつかんでいる。

「だから、あえて罪人という形でここに入った…
ヌルでの罪はハーンで裁かれる
あいつならそう仕向けることすら簡単だろうな
ヌルで一番有能とうたわれる将軍様だからな
でもっ…!なぜ!あなたならどんな理由でもひねり出せたでしょう?!」

姪は伯父を責める。
自分が罪人として捕らえた。
あの日の問答を忘れない。

「どうして俺がそんなことをしなきゃならないかなあ?」

エイザは笑っている。
背筋が凍るような冷たさで。

「兄が、そんなに憎いですか?」
ぽつりと赤い髪の弟は漏らす。
その言葉にただでさえ暗い部屋はさらに影を増した。

「憎い?そんな話じゃあないよフィズくん」
目が笑わない。
「あれは、あの存在自体が無いほうがいい代物だ」

「あなたのっ!子供でしょうっ?!」
「エル?」
「どんな経緯だったとしても、あなたの、母上の、子供でしょう?
僕とは違う。本当の。だったら!…だから。前言撤回してください」

きょとんとした顔をして父はかつて自分が拾ってきた子供を見る。
黒い目に黒い髪。
自分とは全く違う、優しくいい子。
自然と口元がほころぶ。

「エル。撤回はしない。事実だからね。
さて。話は終わり。他に質問は?」

「…シ…シェル、は、どうにかできるんですか?」
フィズがまだ見ぬものを兄妹とそう認めるには少し抵抗がある。

「結論から言って、まだ解決策はない。なんとかしてあげたいんだけどねえ」
「兄に対する態度と随分違うんですね…」
「あの子は俺の嫌なところを継いでいないからねえ」

ザッ!
それは、突然。
エイザの服に血が染みる。
剣が一本、背中から身体を貫通していた。

「随分とこれは酷いねぇシェル?」

実体のない、外見はラズと変わらぬ少女。
よくよく見れば確かに女だとわかるが、それでも瓜二つ。

「へ…陛下!手当てを!」
「フィズ落ち着け」
「シャザ皇女?!何を呑気に…」
「あのな、これくらいでどうこうなる御仁なら
化物皇子だとかハーンの最狂魔王とか言われてない」
「異名が増えてるな…」
「シャロ様まで…」

串刺しにされた皇帝陛下を前にうろたえたのは自分だけのようだと
フィズはとりあえず黙る。

「シェル、さん?どうしてこんなことを?」
訊いたのはエルロット。
「エルロット。無駄だ。その子は声が出せん
声を聞けるのはエイザとラズだけだ」
「話せないんですか?」
「違うよ?話せるけど君たちに聴こえない、だけなんだよねえ」
剣を抜かないまま平然と話すその姿は異名がついても仕方ない。

「なにか、怒ってるみたいですが?」
冷静というよりは呆れたような声で反応する娘をみて
こういった反応は自分譲りではなく母親譲りだなとシャロは思う。
「ラズを毛嫌いするエイザを毛嫌いする者がいる、ということだ
シェルにしてみれば諸悪の根源はエイザ以外の何者でもないからな」
「シャロ?根源は俺でも原因はどう考えてもランでしょー?」
「ランには声が聴こえない上に、シェルを徹底擁護するからな」
「でも、父親を串刺しはないでしょう?」
「ついさっき息子を串刺しにしようとしたのは何処のどいつだ
おまえと違ってラズには痛覚も感情もまともにあるんだぞ
第一、おまえを殺すには相当の理由と忍耐と力と時間が必要だ
簡単にどうにかできるならおまえはとっくにいない。
今更まともな人間ぶるな」
「なんかシャロ、子供たちの前でひどくない…?」
「で、なんて言ってるんだ?」
「無視?ひどいなあ。単純に八つ当たりってとこみたいよ
まあ、痛烈な罵倒ですけど、相手が悪い
俺相手にどんなこと言ってもやっても無駄ですよ?シェル?」

カランと剣を抜いて、その傷は既にない。
魔法抑止力が働く場内でこのレベルか、と内心思う者が三名。
(この人に結界などあるようでないようなものじゃないか)
シャザは少し憤りを感じながら思う。

「要するに。あいつをこの城に入れて、
その子をあいつの身体から出したところで
誰もどうにもできないし、他の人にその経緯を説明する気もない
そういうことで宜しいですか陛下?」

「まあ、身も蓋もない言い方をすればそうだねえ」
シャザの質問に素直に頷く。

「その子を実体化させることが、今ならできるんじゃないですか?」
「いやいやこれが。あれとこの子を切り分けするのが難しくてねえ」
「シャザ、それが簡単にできているなら俺たちがとっくにしている」
「要するに、消せない、閉じ込められない、分離もできないということですよね」
「そう。エルの言うとおり」
どこまでも軽い口調に、これが自分の実父かとフィズは少々げんなりしていた。
自分たちの人生をこうも簡単に玩具のように話されては。

「まあ、正直なところを言えばね?
シェルを消すことは、できるよ?」

若干語調がきついのは牽制。
何かを喚くように口を開いていた少女の口が止まる。

「エイザやめろ」
「あまりうるさいと、消しても、まあ、いいんだけど?」

パンッ
頬の打擲。

振り翳したのはシャザの手。
喰らったのはエイザ=ハーン。
感情的かと思えばその視線はひどく静か。

「失礼。痛みなど感じないのだからなにされても構いませんよね?
他人にいろんなことをされているようですし。
あなたが全て悪いとは言いませんが
あなたが意図的に全てを悪いようにしていることはわかりました」

特に、牢にいる男に対して。

「今晩のことは、私もエルもフィズも黙っておきます。
ご高説賜りまして、どうもありがとうございました」

すたすたと去るシャザを誰も引き留めない。
エルとフィズがその後を追う。
なにをどう思ったのかシェルと呼ばれた少女も消える。

暗い部屋に二人。
月はその位置を変えて時間を示す。

「…止めなかったな?」
「もちろんだ。おまえが悪い」
「…言っとくけど本気で消す気はなかったぞ?」
「もちろんだ。でもおまえが悪い」
「…怒ってる?」
「もちろんだ」
「もー!親子で怒らないでよ!
本気じゃないことくらい解ってんだろーがっ!」
シャロは見るだけで言葉をとめた。
「あーあ、もう。俺だってなあ、
どーにか簡単にできてるならどーにかしてるっての」
口調が違うのは付き合いの深さと長さの差だ。

「あの子は、あの子は自分が消えることに怯えている
シェルには自分が生きている、という確証がない
その子相手に、消すと軽口を叩いたんだぞ?」

そんなことは知ってるよ。
顔がそう物語る。

「おまえは、それが解らない。
他人の怯えとか恐怖とか、そういうことが解らない。
本気で消す気はなくても、本気で言ってるわけではなくても
おまえはそれができる。それを向けるのは立派な言葉の暴力だよ」

責められた本人はあははは、と声をたてて笑った後に顔が曇る。
「"死にたがりのおまえには理解できないだろうがあの子は生きたいんだ"
そう言いたい?」
「その通りだな」
その声も明るくはない。

「…意図的に悪いようにしているわけじゃなくて
悪いことになっていくから賭けなんてしたくなかったんだよ俺は」

「どうするか、考えるぞ。
幽霊騒ぎをなんとしないと黙っておくにも限界がある
実体がなくても物理的な事象を起こせるのが厄介だ
実際、シェルが暴れたらどうにもできなくなるぞ」


影は濃く。
月はそろそろ、その座を明け渡す。
その部屋は空っぽになって朝を迎える。


---


「なんだ?陛下になんか言われたか?」
兄は戻ってきた妹に声をかける。
妹といっても便宜上だ。
実際はどちらが先かなんてことは区別しようが無い。
(そもそも、これは俺かもしれない)
ラズは内心そう思っている。
シェルが、内心それを恐れていることも、知っている。
(俺たちを二人の人間として扱っていいものか)
それは、事情を知る誰もが感じている。
当の本人たちでさえもが。

「全部、おまえのせいだ」
「そうだな。俺が身体を奪った。それは事実だ」
「おまえがいなければよかったんだ」
「そうだな」
兄は、残念そうに素直に認める。

違う。
本当は兄の力を無くして自分はないかもしれない。
だからこれは違う。
そうどこかで感じていても蓋をする。
(認めない)
全部、全部、この兄と父のせいだ。

「おまえが何も悪くないことだけは確かだよ
さっき、庇ってくれてありがとな」

幸せになるなんて許さない。
絶対に許さない。



わたしを消さないで。
わたしはいつだってここにいる。
わたしはラズとは違う。
わたしはわたし。


だから、わたしがわたしに成るまで
幸せになるなんて許さない。
許せない。

全部全部、わたしのせいじゃないから。


---

「魔法力は年々強くなる」
男は手をむすんで、開く。
何度も何度も崩れては治ってきた手を見る。
そこに痛みは一つもない。
男は痛みという痛みを幼い頃に全て失っていた。

「賭けの代償はあまりに余る」

小さな小さな一つの容れ物。
二つの大きなものをいれて掻き混ぜた。
「けれど一つの大きなものには成らなかった」

その手に乗る、大きな力を男は自在に操る。
その手が、壊れない限りは。

「この手は一つしか取り出せない」

自分の中にある気持ちにあまりにも無自覚で。
男はその一つを取り出さない理由を考えていた。

自分の前に、自分が立っている。
「なぜ?」
なぜ、どちらかを選ばないのか
そう尋ねる自分に答えられない。



かつて小さな手が、自分をつかんだ。
たった一度、その小さな手が自分をつかんだ。
縋るように、求めるように。
左の腕輪がしゃららと鳴る。

ぞっとするほど、嫌だったから
二度と触って欲しくないから
その小さな手に腕輪を持たせて遠ざけた。
そして小さな手は二度と触れない。

今でもその手に、その腕輪がある。
縋るように、その重さを信じるかのように。


あの日からこの袖は引っ張られたまま。
振り払うことも、なかったことにもできず、
この袖は重さを伴ったまま。


あの日、つかんだものなあに
あの日、つかまれたものなあに

その時、つながったものなあに
その時、ほどけたものなあに


そして、生まれたものなあに

---(続く)

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牢獄の皇女と本来そこに居るはずの将軍 - - uamo72
牢獄の皇女と本来そこに居るはずの将軍 10
皇帝陛下と妃の様子がどうもおかしい、という噂が
ハーン大帝国城内で広がっていた。

「喧嘩なんていつものことじゃない。馬に蹴られるのがオチよ」
二人の間柄をよく知る女はそう言ってのけた。
ところが、その並々ならぬ異様な雰囲気を目の当たりにして思わず息を呑んだ。

「今回の喧嘩の原因はなんなの?どうせエイザが悪いんでしょうけど」
その悪者とそっくりの顔を持つ妹は、一生隣にいると言った男に質問する。

「いや、今回ばかりは、うん、まあ、ランもなぁ…」
珍しい答えに驚く。
「で。原因は?」
はぐらかしは許さない。
この男はごまかすのが本当に上手なのだ。
「あー…ランに直にきけ。俺の口からは立場上言えない」
言えない、とエリザは軽く口にする。
「わかった。ランに聞くことにするわ」
素直に引き下がる。


---


「で、原因はなんなわけ?
 いっとくけどあれ、エイザ相当怒ってるわよ?」
赤い髪をしたひどく中性的な親友が苦い顔をして笑う。
「わかってる。今回ばかりは、俺が無茶を言ってる」
「あんたの我が侭そのまま認めるようなエイザにどんな無茶言ってるわけ」

言いにくそうに視線を外すランに詰め寄る。
二人しかいない、手狭な部屋は居心地がいい場所の一つだ。
そのはずが、逃げ出したいかのようにランは躊躇っていた。

「カンザスで、新薬が開発されたの知ってるか?」
意外な言葉に一瞬返事ができない。

「キャルロスで俺がうたれた薬の治療薬、だそうだ」
男にしては線が細い相手を見る。
当たり前だ。
今エリザの目の前にいるランはれっきとした女性だ。
ただ、女性としての多くの特徴を
薬によって奪われたことを、エリザは充分に知っている。

(だから、ランは自分のことを滅多に私とは言わない)

「治療薬、って…」
「ただし、まだ実証が済んでいない理論上の話なんだ。
 そこで、被験体を求めている、から……」

「自分がそれになるって言い出した?
 それは、まあ、エイザも反対するんじゃないの?
 いくら治療薬って言ったって、
 エイザはあんたそのままでいいと思ってるんだから」

いや、と短い否定の言葉が入った。
なにがそれほど言いにくいのか、珍しく俯いて口をもごもごさせている。

「…その、エイザは昔重傷を負って後遺症がでたじゃないか。
 実は、それが完治してるって、エリザは知ってたか?」

「あのねえ!私は喧嘩の原因をきいてるの。
 なにそんなに私相手に躊躇うわけ!あんたエイザに何言ったの?」

呆れたように、身近にあった書類を手で放り投げた。
普段さばさばと言ってのけるランのまごつきに堪えられない。


「子供が欲しいと訴えた」


完全に時間が止まった。
少なくともエリザにとっては。
ランはすっきりした顔でさっぱりと笑っていた。

「いや、その新薬も一回試して効能が続かなければ失敗なんだそうだ。
 でも少しの間は絶対的に効能があるらしい」

先ほどまでのまごつきが嘘かのように、さらさらと並べ立てる。

「エイザもひどいだろ?自分はとっくに治ってんだぜ?言わずにさあ」

「って、いやっ、そういう問題じゃなくて!」
ようやくエリザの時が動きだす。
周りに誰もいなくて良かった。
自分の呆け顔なんてそうそう見せたくはない。

「それは無理でしょ!あんたが仮に普通の女性だったとしても
 エイザにそれは無理でしょ!!それ、解ってないとか言わせないわよ?」

もちろん解ってるよ、とランは最初の顔に戻った。
苦い笑顔の裏には、自分の言葉の意味がわかってる。
前にしているエリザにもそれはよくわかった。

「でも新薬も一回しか効かないかもしれないわけだ。
 もちろんエイザがそれを嫌がることも。
 だからチャンスは一回だけ、と言った」

そして、それを聞いた皇帝陛下は
ランの予想通り激昂し断固拒否したのだ。
激昂どころか、かつてない無視と無言の猛攻撃に
ランもまた怯まず、ひかない。

「それは、エイザ怒るわ。いくらなんでもそれは」

エリザはそれ以上言葉が続けられない。

「…シャロは、あいつはなんて言ってるわけ?
 立場上言えないとか言ってたけど」

少し経ってからぼそりと呟いた。

「それが今回ばかりは完全中立で、だから余計に長引いてるんだ」

シャロがエイザのかたを持てば、ランが
ランの味方であればエイザが、折れざるを得ない。


「自分自身が大嫌いで自分を呪って生きてるような死にたがりに
 その遺伝子残せってのは無理というか、酷い話よ?」

もちろん、そんなことはみんなわかっている。

「だから今回ばかりは俺が無茶を言ってる」

でもひかないよ、と付け足したランを置いて
エリザはとりあえず自室に戻ることにした。


---


「すごい顔だな」
自室の前でシャロが待っていた。
さりげなく扉を開けてくれる。
その顔もやはり苦笑いだ。

エリザはふかふかの寝台に腰をかける。

「どうした?その神妙な顔は」
飲み物を淹れながらシャロが低く優しく訊く。
甘い香りが動揺した気持ちに心地良い。

「シャロは…正直賛成?反対?」

なにが、と言わなくても知れたこと。
熱いから気をつけろ、とエリザに器を差し出してからシャロも腰かける。

「ランのことを思えば賛成。エイザのことを思っても、まあ賛成」
予想もしない回答にエリザは目を丸くした。

「でも、エイザはっ「だけど、子供のことを思えば断固反対」

エリザの言葉を遮ってシャロは強い語調で言い切った。

「それがどんな子供であってもエイザは可愛がれないと思う」
それだけで済めばいいが、と言外に真意がある。


「で、おまえは?」
器を卓上に置いて、うしろにばふっと倒れこみながらシャロが投げかける。


「私は…」
正直に言ってみろよとエリザをつかんだ手が穏やかだ。


大事な兄と唯一無二の親友と最愛の人と。
その三者の気持ちを考えれば考えるほど、言葉は奥に奥に隠れる。


「死にたがるエイザを引き留めたのはあんたとランだわ。
 私も含めてエイザは大事よ。本人がどれほど自分を疎かにしても。
 ランもエイザも大好きだもの」

だから、だから自分は。

「今回ばかりはランに完全加担するわ」
重い、沈んだ声で言い放つ。
そうか、とシャロはこともなげに返した。
エリザが淹れた二度目の香りはどこか渋みを伴い、掻き消えた。


---


「賭けが上手くいくとは限らない。
 賭けに負けるのはランのほうかもしれないし、その可能性が高い」

塔の最上で二人の男が夜空の下。
風が強く、星がはためく。
雲が月を覆っては、風が雲を攫っての繰り返し。

「だから賭けを許せと?」
その声は相手を殺しかねないほどの鋭さだった。

「決めるのはおまえだ。ただエリザもランも願ってる」
その言葉を聞いて声をあげて最高の権力者である男は笑った。
どこか嘲るような甲高い笑い声が風に溶ける。

「俺も、願う」

その言葉にはっと笑いが止まる。
青い目が紫の目を凝視する。

「シャロ?」
まるで何かに裏切られたように、捨てられた犬のような目。
これは泣きそうな顔だ、とシャロは感情が湧くのを抑える。

「俺たち三人がその一度きりを許して欲しいといっても拒むか?」

ふいっと遠く街明かりを見て、エイザは答えなかった。
これほど鮮明に見えていても、その明かりが遠いことを知っている。


「シャロ?この身体は破壊と再生を繰り返す。
 器を壊してなお溢れる力が、器を治し続け、力を行使し続ける。
 いわば純粋な力の製造貯蔵庫だ。俺は決してこれを望んだわけじゃない」

それは、他国のものですら知る、有名な話。
ハーン大帝国の化物皇子とうたわれた男の話。

「魔法遺伝子が突然変異を起こした。それは誰のせいでもない。
 誰のせいでもないことに巻き込まれた人が何人いる?
 俺はどれだけのものを壊して、潰してきたと思う?」

大切な人の笑顔が星より遠く。
「この遺伝子を継ぐ?歪みきった俺の血を分ける?」
冗談じゃない。

「どんな子供が生まれるか、なんてわからない。
 でも断言してもいい。俺の血を引くということはそれだけで歪みだ」

シャロは何も言わず、ただその続きを追った。
そのシャロになにかを求めるようにエイザが視線を合わせた。

「断言してもいい。どんな子供が生まれても
 俺もエリザもランも、絶対に可愛がれる」

風が抜ける。

「生まれてきたほうの身になれよ?」
笑う。笑う以外にどうしろという。
エイザはその穏やかな目をねめつける。

「関わった方の身になれよ?
 おまえがいて、俺とランは救われた。
 いなかったら、救われなかった。
 俺たちがいなければ、よかったか?
 そんなことはおまえは言いやしない。
 おまえ、不幸か?不幸だった、か?」


沈黙を遊ぶように服がばさばさと音をたてた。
まさに絶句。
二の句が告げない。

「そんなことないよな。
 おまえ、自分が幸せなのに
 周りを幸せにできない自分が大嫌いなんだもんな」


両親は愛してくれた。
兄もいつだって自分を助けてくれた。
ランだってシャロだって、エリザだって。
けれどいつも自分はそれを返せない。
何かを壊してしまう。


「幸せも不幸も主観だ。決まった形なんてない。
 おまえが決めることじゃないし、決められないだろ?
 おまえが不幸だなんて言われてみろよ。うなずけるか?」


シャロが近づき、エイザの頭をそっと抱きかかえる。
ランを幸せにしたい想いと自分を嫌い否定しきる気持ちとが衝突して、
エイザは意識を放棄してその腕の中に崩れ落ちた。


「子供のことを思えば断固反対とか言ってなかった?」
居るはずのない第三者に驚かず、シャロはエイザを担ぎ上げる。
階段を背にエリザがいた。

「ランが自分に素直に我がままを言ったように、
 俺も言いたくなっただけだよ」

かつかつと階段に向かう。

「ま、賭けはあくまでも賭けだものね。負けもあるわけだし。
 賭けるくらい許してあげたいわよね」


月が雲を前に動けず、その光は遮られ
雨が降り出すのに時間はかからなかった。



---

「条件がある」
二ヶ月ぶりに自分に向けられた声に
その場に座り込んでしまった。
ランは思っていた以上に無視がこたえていたのだと自覚する。

「賭けは一度きり。もしもおまえが賭けに勝った場合
 全ての人に、関すること全て秘匿すること。
 その結果はこの城に持ち込まないこと」



賭けは、ランの勝ちだった。
事実は常に予想を超えて、
それが幸か不幸かは当事者の主観に委ねられた。


(続く)
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牢獄の皇女と本来そこに居るはずの将軍 - - uamo72
牢獄の皇女と本来そこに居るはずの将軍 9
広間は閑散としていて、静かだった。
無理もない。
本来ならば、誰も出歩いてはならない時間なのだから。


だだっ広い部屋に机が複数と、伴う椅子。
カタン、と先に座ったのはこの国で一番の権力者。
追うようにして二人が空いた席に着く。
フィズはその場に自分がいてもいいものか立ち往生していた。
「まあまあ、座りなさいな」
権力者の言葉に素直に従う。
薄暗い灯りの中で密会が始まる。

「父上…いったい何がどうなって…」
血の繋がりを持たない愛息子が、気安く話を始めた。
にこやかな笑顔を浮かべながら、皇帝陛下は口を開く。

「とりあえず、俺が先に話を始めよう。
 その上で質問があれば、答えよう」


長くなるけどそれでも聞きたい?
付け加えられた言葉に、姪が噛み付く。
「陛下。朝が来る前に、終わらせたい」
だから早く話し出してくれ、と薄紫の目が訴える。


そうして部屋の片隅、灯りが届くぎりぎりの位置に
ぼぅっと浮かぶ存在を確認してから皇帝陛下、エイザ=ハーンは話を始めた。



(続く)
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牢獄の皇女と本来そこに居るはずの将軍 - - uamo72
牢獄の皇女と本来そこに居るはずの将軍 8
彼女は、いつも不安だった。
自分が自分だという根拠はどこにあるのだろう?
自分が消えてしまわない保証はどこにあるのだろう?

---

牢の中で、シャララと金属製の腕輪が鳴った。
崖に面したハーン大帝国城の最下層に当たる牢は日中でも常に薄暗い。
鉄格子のはまる窓から、ラズは風景を一望していた。
そのはめられた鉄製の棒は持てばカラッと回る。

「飛び降りたければいつでも崖下にどうぞ、か」

魔法大国だけに、城とその付近ではその力のほとんどが無効化されている。
脱走を図らせておいて、これは見事に無駄を省いた処刑方法だと苦笑する。
広がる夜の中、城下町の灯りは月の光より遠い。
ラズは硬い寝台に腰かけると、石床を足で踏み鳴らした。
向かい合う通路にこつん、こつんと澄んだ音が響く。

「随分、ご機嫌のようですね?」
突然、通路に面した鉄格子の向こうから声が降る。
足音一つなかった。
けれどそれにさして驚かない。

「これはまた珍客で」
近くに他の囚人はいない。
処遇が決まり出て行ったか、窓の鉄格子を外したか。
薄暗い中で、ラズは相手の黒髪をみる。
真っ黒で真っ直ぐな髪は、その薄暗い空気をさらに濃くしている。

「さて、この国の第一皇子殿がいったいこの罪人に何の用で?」
エルロットは悲壮感の一つもない、囚人の顔を凝視する。
それはどこか和らいだ感すらある気がした。

「…今晩は月がきれいですね」
「そう、ですねえ」
その目は真っ直ぐ、深い青を見ていた。
エルロットは口を一回開けてから、横一文字に閉じる。
この相手にはどんな嘘も、通じない。
それはなんとなく確信している。
どう言ったものか、と思案顔を見て突然ラズが噴きだした。

「…エルロット皇子?はっきりどうぞ?」
あまりにも朗らかな顔に、エルロットも幾分気が抜けた。
爽やかな夜風が通り過ぎて、
穏やかに笑う他国の元将軍を前に、ハーン大帝国の皇子は訊いた。

「少し前からあなたの幽霊騒ぎが起きていることは、ご存知ですか?」
にっこりと笑うその顔が、返事の代わり。
「はっきり訊きますが、あれは…いや、あなたは…」
どうしても言葉が続かない。

「おまえは、陛下の実子で間違いないな?
で、透けてるあれがおまえの行動の理由か?」

足音を消すこともなく、憮然とした硬い声。
シャザ、と小声で呟きながらエルロットは振り返る。
ラズは穏やかに微笑みながら黙っている。

そう、だと言ったら?

その顔が、言葉を確かに紡いでいる。

「全部わかるように、話せ」

今日は、見回りたちにも細工をして撤退してもらったと
平然と言ってのける。
だから、思う存分に話してきかせろと。
いかんせんシャザには本来囚人との面会の権限はなかった。

「俺に話せることは何もない」
シャザは呆れたようにため息をついた。
「ラズ将軍!なぜそうまで、あなたはいつもはぐらかすんですか」

左腕についた腕輪を回しながら、ラズは何も答えない。
軽やかに鳴る金属とは反対に、持ち主は静かだ。

「実子、ってどういうこと…?」
思いもよらない声に、三人とも驚きを隠せない。
薄暗い中、シャザとエルロットの背後に、線の細いもう一つの影。
赤い髪、赤い目が暗い中で鈍く光る。

「フィズ!」
「フィズ君!」
後をつけられていた二人の声が被る。
見張りがいないリスクがこんなところに出るとは。

「ラズ。どういう、こと?」
その声が静かに怒っている。
少なくとも、シャザとエルロットにはそう思えた。


寝台に座り、俯いたままの兄は
月を逆光にその髪が金に光る。

ああ、なるほど。
確かにこれはこの国の皇帝陛下によく似た影だ。
そう思ってみればそうとしか思えない。
弟は、もう一度聞く。

「ラズ、どういうこと?」

シャララ。
こつん、こつん。

「ラズ将軍…黙っていても意味はないでしょう?」
もうここまで、確信を得ている。
あのよく似た幽霊はいったい。
なぜ、こんなところに閉じ込められる必要があった。

シャララ。
こつこつ。

「ラズ。いい加減にしろ」
苛々しながら語調は強く。
シャザは鉄格子をガンッと叩いた。


「このまま三人から責められてる図が
白熱するのを見ていたいんだけどねえ」

そこで声がまた一つ加算。
薄暗い壁に、明るく柔らかいのに突き刺すような、声一つ。

シャラララとその左腕が鳴る。
囚人の腕輪とよく似た物。
こつん、こつんと石床を踏み鳴らす音は重く、強く。
先ほど囚人が響かせた音とは対照的に。

「答えられないよねえ?」
とても優しい微笑みの奥に、射るような視線。
思わず三人は後ろに下がる。

「ち、父上?」
「陛下…?」
「エイザ、様…?」

三者三様の呼び方で、その姿を見る。

くすんだ金の髪、青い目。
よく似た二人が向かい合う。


ひゅっ。
シャララララ、と楽しそうに腕輪が踊った。

あまりに一瞬のことに、全てが事後だった。
牢の中に向けて剣を投げた父親を、エルロットは非難する。
「父上?!なにをっ!」

一本の剣がからん、と囚人の一歩手前で落ちる。
剣はこの距離で刺さらなかった。
囚人の前に、透けた幽霊。
あ、とフィズが声をあげる。
皇帝陛下と、囚人の間に、もう一つ同じ顔。

「別に刺さったところで死にやしないのに」
残念だ、とばかりに愉快に笑う年長者にフィズは寒気を覚える。


「さて。見張りに細工はいけないよ?二人とも」
牢の中にいる二人を無視して、姪と息子に優しく言葉をかける。
それからちらりとフィズを見て、皇帝陛下は非常に楽しそうな声で提案をした。

「三人とも、広間で話をしよう?」
それと、と付け加えた。
「シェルも来たかったらおいで?入れるようにはしておくよ」

自分の姓を呼ばれてフィズは戸惑う。
ああ、あれの名前だから、と告げて皇帝陛下はもと来た道を戻っていく。

半ば呆然としながら、三人は一様に牢を見る。
シェルと呼ばれたそれは、透けてその背後に囚人を映している。
そして去り行く背を、貫きたいかのようにただ強く睨んでいた。

「とにかく、行きません、か…?」
「そうだな…」
シャザとフィズが歩き始める。
エルロットはもう一度、牢の中を凝視してからそこを離れた。


透けたシェルの向こうで、
俯いたラズがひどく怯えているように見えたのは、
何回見ても恐らく気のせいではないだろう。

訪問者がことごとく去り、剣が宙に浮いた。
それをもてあそぶようにして、実体のない少女は剣と共に消えた。

月が窓から噛み付くように、これでもかと光を圧しつける。
ラズは、幼い頃から左腕についている金属を握り締めた。
牢の中で、囚人がただ一人。
言葉にできない想いを抱えて、目を閉じていた。



---

あなたが身体を取ったから、わたしは身体すら持たない。
だけどわたしはここに居る。
それを証明して見せて。みんなに知らしめて。
全部、あなたが身体を取ったから。

あなたが幸せになるなんて許せない。
自分だけ安息を得るなんて、絶対に許さない。

わたしをあなたが証明して見せて。
わたしが消えてしまわないように。


だから、だから。

「シャザ皇女?大変恐れ多い話ですが、
この婚約はお断りさせていただきます。
私には、貴女より優先すべき女性が居ます」


優先すべきは、わたしよね?
おにいちゃん。

(続く)
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牢獄の皇女と本来そこに居るはずの将軍 - - uamo72
牢獄の皇女と本来そこに居るはずの将軍 ex.1
(以下、シリーズ関連小話ですが前作のため矛盾等があります
独立話として楽しんでいただければ幸い)



「青い瞳と黒い瞳と裸足の少女」



ゼロにとってその少年はまさに敵だった。

少年は裸足だった。
ゼロは、両親を持たず病弱な弟を抱える裸足の少年が可哀想だと思った。
汚い服のせいで金色の髪が小汚く見えた。

ゼロはいつも同じような歳の相手に服を買ってやり 靴を買い与えた。
ゼロは少年が喜んでくれるならそれが正しいことだと思ったし
また自分を疑うこともしなかった。

少年が青年に切り替わる真っ只中で
ゼロはいつものように自分の従兄弟を連れて向かった。
かつて少年だった彼らはいつもの場所にいなかった。

その部屋には一足の靴と大量の服が置き去りにされ
ゼロが買い与えたもの全てがそこには残っていたが
当の兄弟はいなかった。


怒り以外の何一つ無かった。
今までどれだけのことをしてやったと思っている。
なんという不義理だ。

ゼロは直ちに居場所を突き止め、怒り狂った。
勝手なことを、と罵った。
青い目が黒い瞳のゼロを見る。

そこには青以外なんの色もない。
ただ青年は真っ直ぐゼロを見た。

「おまえの無知や傲慢から来る無神経に対して
 おれは利用と裏切りで返す それは随分前から決めていた事だよ
 ねぇ?ゼロ。裸足でも歩けるって知ってる?」

そんな青年の言葉が伝わるほどゼロは賢くなかったし
それがわからないほど青年は愚かではなかった。


ゼロにとってその少年--青年はまさに敵だった。
何一つ不自由なく、逆らう者がなかったゼロに牙を剥く。

激しい憎しみを抱き 怒り
そして小さな視野の乱暴ものの王子様は
無理やり視野を拡げられていく。

切り離せるほどゼロは大人にはなれず
真っ向からぶつけて受け取ってくれるほど青年は子供ではなかった。

続く関与は ゼロを無理やり変えていく。
実質何をされたわけでもない。
ただ、ゼロにとって青年は最も不快な存在であり敵だった。


そうしてゼロは一人の少女と出会う。
その出会いを経て彼は それまでの全てを覆される。
生涯ただ一人ゼロが理由もなく愛した少女は裸足だったから。



ゼロにとって青年はまさに敵だった。
自分を叩き 自分に噛み付き
敵だった。

そして おそらく 
おそらくは自分を一番理解している人物だったのだと
少女を抱きながら今更に思う。
ゼロは二度と過去と同じような理由で服も靴も与えない。

そうして自分の服を一枚どこかに脱ぎ捨てる。



裸足の青年がゼロが与えた靴を履くことは二度となかった。
しかし、ゼロが青年の前で裸足になったことはあったのだと少女は笑った。
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牢獄の皇女と本来そこに居るはずの将軍 - - uamo72
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