SolemnAir

最初にカテゴリー「はじめに」をお読みください。(2017年版になってます!)
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【ツイッタログ11】
基本ツイッタまま。(読みやすくするための補正は多少いれています)
空白改行が1ツイート(1話題というべきか)。
時々何ツイートかで連弾仕様(最大で8ツイートくらい)。
眠たい時に大体電波受信するので、その旨の内容が含まれていることが多々あります。
「おやすみ」の前にだらだら書くのがデフォルトです。
手違いで2012.10-2012末までの二か月間はデータがとびました。
2013年7月中旬-2013年9月13日です。

英語はフィーリングでお楽しみください。

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You're only one in the major part of someone.
And you're all the one for someone.
So don't mind your back.'Cause I can see it clearly.


怒ると疲れるんだよね。怒らないと溜まるんだよね。
笑って流せるのは才能か無関心かだよね。いいとかわるいとかではなくさ。


Don't ask me about it please.I can't tell you well.
So,I draw and put on it at the table. With name plate.


Yesterday was too bad.But so today may be better than it.

いろいろ考えてたら、楽と楽しいは違う場合があるな。
同じ場合もあるし。苦しいけど楽しい場合もあるし。そんなおはよう。


無理して自己主張しなくてもいいのよ、と。
いや、無理じゃないのか……
欲しくないものを欲しいってもらうのは(関係性にもよるが)なんか違うし、
欲しくないものを欲しくないって言えないのも(関係性にもよるが)なんかね?
相手のことを考える時、
「相手は自分ではない」ことを考えないと、どちらかといえば考えられてないに近いよね?
つまり、わたしはあなたではないので性質が違うわけで、
わたしに照らして配慮しない限り、変わらない。
あなたに照らして、はもう限界。



生死はいつも隣り合わせ。を体感してみ?人生観変わるよ。



基本的に素因数分解するのが好き。
どいつもこいつも1,2,3にかえればいい。
素数様はちょっとまって、カッコいい。


自分の「あてられやすい」を相手方に置き換えると「言いやすい」のか。
どの職場でも学校でも散々この性質で理不尽を感じましたが、
恐らくは「本人にストレスを与える他者からみたときの長所」なのでしょうな。
主体性が曲がるからな。それでみんなが上手くいけば本望だったからな。
思春期の家と学校の環境の影響をなめんな。
本人もそういう性質、だったしな。だから創作で大爆発したんだよ。
だから依存したんだよ。もう卒業しろよ。って思いながらきっとこのまま。
複雑な思考に単純な心。そんだけの生き物です。
自分が居ないことで場が上手くいくなら去るよ。
自分が居たい場所は去らない。
前述のような場が後述のような場であるはずがない。
これらを裏返すと居て問題ないなら抜けられない性質なんだ。



「落ちるだけ落ちたらもう失うもんなんかないし、
これ以上下なんかない。だから今の私は良くなるように今日動くだけなんよね(意訳)」
ねーちゃんはいつも肝心なとこは外さない。



I can't ask where you came from. 'Cause I don't know why I am here.



数は文字よりある意味で先に存在します。
わたしとあなたを文字にする前から、おそらく自分と他人という概念は存在し、
1や2というものではなくともカウントしたはずです。
その概念を数ではないと扱うならば、数は一体どこからきたのでしょう。
数字、は、数ではありません。数の文字です。数はもっと根幹的な概念の1つだと思っています。
どれほど教科としての数学を嫌っても、数の概念は生活から絶対に切り離せません。
雛に必要な餌の量をわからない親鳥では生きてゆけないと考えるからです。
数そのものは計算ではありません。おそらく、(個人的考えでは)数字でも値でもありません。
ただ世界の概念の1つです。捉え方によっては世界共通概念の1つです。
ただ「なにもないを表した」0、とそれ以外を表す数は、
私が居るか居ないかの問題と本質的に同じだと感じてしまいます。
本当に世界は数で構成されている、と感覚的に感じてしまうので、
上手く言えませんが、食物連鎖の上と下は一度に産む子供の数が比率的に違います。
そこに難しい計算がなくとも、
社会も自然も数があふれ、下敷きになって仕組みを構成しています(と感じます)。
ヘレンケラーが水が「みず」という名前を持つ、文字に概念を持たせていると
サリバン先生が教えたことは有名ですが、
ならばそれを理解する前、ヘレンケラーは水をどう理解していたんでしょうか。
水そのものは「解って」いたはずです。私にとって数はその話に近い気がしています。


エンターテイメンターって変だと思ったらエンターテイナーだよ。
問題はこれが含む範囲。かなり広義。方向性は1つじゃない。
だから自分に合った方向で突き抜けてゆくしかないのかな。
さ迷い易いわたしは何処に重点を置いてるんだろう?動く点Pと原点0の距離はいつも。
ある有名な作者が「エンターテイメントを勉強した(意訳)」というのが忘れられない。
正確な答えはないけど、私が思うものとは違うみたい。
(私の中で)技術と感性くらいに違う気がした。経験と知識みたいな。
でもそれでやってみせてるからきっとその人にはそれがエンターテイメント。
努力して学ぶことと、単に経験から知ること。この二つは違うけど、きっとどっちも大事。


だったらなんだって言うんだろう。
なんか全部棄てたくなってきた。
結局、「そう」かよ。自己不信か他人不信かわかんないなこれは。
なんだ愛想笑いでもしとけよめんどくせえ。
愛想笑いも疲れたんだよって。【全部自問自答の話。】
見返りなんざ、とか思いながら0ばかりへの掛け算はしんどくなる。
時々、だったら自分も0でって他人に成りたがる。
ちゃんと返ってきてるもので満足せずに欲張りになって。
そうして他の誰かの猿真似をするの?するの。
そうして成れずにまた0への掛け算の繰り返し。
我慢とか忍耐とか遠慮とか、なにそれ。なんでこんな想いしながら。
なにそれ。相手も相応な想いしてんの? この極端な性質やめろよ。
自分がしんどい。なんだこれ。ずっと「こう」かよ。
振り回してるのは他人か自分か。「かける言葉も見当たらない」いつだってそれで放置、終わる。
自分がそうであるほど他人はそうじゃないって何十年見てきただろ。
どこまでが自分の真意か解らないまま。

ログアウトなのか、そもそもログインできなかったのか。
いいえ、「そのアカウントは初めから取得されていませんでした」。

楽しかったかそうでなかったかと言われたら、「しんどかった」が正解。
自分に合ったペースで合った遊びをして初めて「楽しい」。


もし植物に顔があり言葉があったなら、宮沢賢治は食べただろうか?とふっと思った。


友達が記憶データをチップ化して低性能ロボット(人の形ではない)になる夢みた。
すっごい怖かったすっごい怖かったすっごい怖かった。
大事な人はあったかいままがいい。本当にそう思った。
記憶はあっても感覚の共有が一切できないことが、リアルすぎた。



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ツイッタ中に、受信した電波的内容語群。
ツイッタアカ  uamo27 (日常駄々漏れ、電波時々。)

JUGEMテーマ:つぶやき。


「自分定規」 - - uamo72
【ツイッタログ10】やっぱり多いですよ。
基本ツイッタまま。(読みやすくするための補正は多少いれています)
空白改行が1ツイート(1話題というべきか)。
時々何ツイートかで連弾仕様(最大で8ツイートくらい)。
眠たい時に大体電波受信するので、その旨の内容が含まれていることが多々あります。
「おやすみ」の前にだらだら書くのがデフォルトです。
手違いで2012.10-2012末までの二か月間はデータがとびました。
2013年4月-2013年7月中旬です。

英語はフィーリングでお楽しみください。

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幸せの定義ってなんだろうな、と。つくづく。
孤独にまみれた人が誰かに寄り添いそれらが薄らいでゆく、なんてある意味幻想だと思うが、
そうであって欲しいと願うのが現実だと思うわけで。
孤独にまみれてない人は孤独でない幸せを幸せとは持たずに、とメビウスの輪。


前向きなことがいいことなんじゃないよね。
転がるいいことをたくさん感じられる状態が前向きなんだよね。
前向きじゃないからって悪いことじゃないよね。
転がる嫌なことをたくさん感じてしまう状態を、悪いことだとばっさり切ると同じ気持ちはわからない。
どうして全方角を見渡すことができて、世界は360度でできているのに、
生きることだけは一方通行なんだろう?
そこに意味は在っても無くてもいい。
ただその事実だけがこの目に覆い被さり、世界を切り取ってしまう。

a peace of cake / 世界はひとかけのケーキ。
だからきっととても簡単。なのにそのピースが見当たらないのはなんでだろう?


誰かが望んだものを簡単にあっさりと手にいれたとして、
自分が望んだものではないんだが、と言うだけでもそれは傲慢になるんだろうか?
思春期の嫉妬は本当に醜くて美しいものの一つだと思うが第三者で居たかった気はする。
高校入学時には文句を言われ、
短大入学時には祝福できないと言われ、
初めて就職が決まれば無視され、
そんな人達が居た反面、真逆の反応をくれた人達が居たから、
世界は本当に見えないシーソーの上だと思う。
大体 そ ん な こ と を言う人たちには、
私がなぜ劣等感と焦燥感を抱くかはわかるまいよ、と思いながら過ごしていたわけだが。
優越感がそこに根差していたことを否定はしない。
優劣の狭間でねじきれそうな私が居た。
悲観も楽観もすまい。あるいは両方だろうよ。
本当に欲しいものはいつだって、なかなか手に入らない。
入らないから欲しがるのかもしれないし。
誰かが投げた石ころが誰かの宝石になりうる世界は、オブティペシミスト、霧の中。


一つ言えることは、双方向好意なのがほとんどなんだが、
互いの理解には決定的に言葉が足りんのだ。
言葉にしないと伝わらない、を身をもって実感させてくれる相手は本当に大事で、
ただ言葉にするのが誰しも得意なわけではないと留意せねばならない。
つまり、言葉にできない人と言葉にしない人の識別が必要で、
さらには考えることがどの辺りまで及ぶかの推察の上で、
言葉にせねば伝わらぬと判断する場合には言葉にする。
と思うが言葉にできない類いの人は受け手側がそれを推察、認識することが重要になる。
言葉にしない人と言葉にできない人の違いが大きいことと、
受け手がそれを識別することで大きく変わることだけは、
常に留意しておきたいと思っている。
うまくまとまんないな。ダメだこりゃ。


変わんねえよ。なにやってたって、私は私だもの。
それ以外になんか成れないもの。
環境がいくら変わって、それに伴う変化があったって、っていっても、
ある種の変化は確かだから、
それを留意して自覚して考えないと隔たりがなかった場所に突如壁ができてしまうし、
私はそのあるはずのない壁が嫌いだ。


仕事にはうんざりする人が多そうなのに、
なぜゲームとかのレベル上げにははまりやすいのかと考えたら、
ゲームは人間関係が必ずしも要素ではないからか。
要素でも簡単に切り捨てられるからか。と思うと人間関係に疲れた社会が浮き彫りになるね。
ツールの多様化で
「我慢してまで付き合わない」
→「妥協しない、和解しない、関わらない」
→「思い通りの人間関係しか受け付けない」は増長した気がするんだが、
順を追って説明しろと言われると難しいな。
しかもそれではいけない理由も述べよになると字数が。※ツイッター140文字制限
個人主義とかその辺の問題が多々絡むだろうけど、
ツールの多様化は、選択の幅が拡がる分、選ばない場所も増えてしまう感じ。
かといって全部の道は通れない。
辺りから脳内では情報過多社会につながったけどもうやめる。眠い。いつかmixiにでも書こう。
【※これが2013年8月の日記につながってますね。】

無意識に誰かを明るい気持ちにさせる言葉遣いができる人、ってすごいなって思う。
無神経な言葉遣いは私もしてしまうし、自分にとって意識してもすごく難しいことだから。
それは「一般的に美しいとされる言葉」とは全然違う意味で違う事。

Not for me, not for you, but for us.//
Your opinion is not mine. But it is important for me.
I can fly like a snake. You can walk like a sunshine.
We can survive on the earth without wings like a bird.

【連投】
「無難な人はなぜ仕事ができない?」 みたいなコラムを読んだ。
そつなくこなすためにそれ以上のことができない、みたいなことと、
情報収集は誰でもできるが知識オタクになってそれをいかせない、みたいなことが書いてあった。
私の主観と偏見が入ることを前提として呟くが、
アップル社に入るためにTOEICに必死になるのは筋違いだし、
新しいプログラムを組んで開発に力を注ぐべきだ、という感じのことが書いてあった。
なるほど、確かに。と頷いた。
無難な人はある一定からリスクを避けようとするという記述も頷ける。
だが全体を読んでふっと疑問を感じ違和感があった。
「仕事ができる」という定義が、少しかたよってないか、と。
仕事ができるというのは、必ずしも新しい発想ができることではないし、
リスクを追う作業をすることでもないのではと。
筆者の言いたいことは、感覚的にはよくわかる。
一線を超えて能動的にならなければ新しいスキルは身につかない。
しかしだ。仕事ができるの定義は等しくない気がする。
なぜなら世の中には複雑な作業の下に圧倒的単純作業があるから。
雇用主がいる場合
「雇用側が(その立場に)求める能力に応えられること、
またその立場と求められた領分を理解し自らの考えで相応に動けること。」
が仕事ができることだと個人的には思う。
そしてその立場がマーケティング、コンサルティングならば発想は必要だと思う。
必要な知識を収集し考え提案をする。
しかし、そうでない立場も当然ある。
もちろん考えること自体は必要だが、事務職に求められることは新しい発想ではなく
必要な知識を収集し正確に単純作業を定期的に行うことが多い気がする。
そこに、いかに作業効率をよくするか、
そのためにはどんなスキルや知識が必要かを考えることは必要だと思う。
しかし、ある程度無難でなくては勤まらない気がする。
というより求められるものが開発事業とは対極な気がする。
と、考えると、「コラムの仕事ができる人」と「私の考える仕事ができる人」とは違うんだな、と。
思ったんだが。
これね、自営業だと必然的にマーケティングが入るからね。
確かにそうなんだけど。
マーケティングやコンサルティングが得意な人が仕事ができる人ってわけではないかと。
コラムがどうこうではないんですよ。
私は仕事ができる人に成りたいが、
私に求められることはそこじゃないなと感じたという、
はて、結局答えなど体当たりで得ていくしかないものだよね、というただの感想文です。(了)

1:8:1(できる:無難:できない)の法則は有名ですが、私はつくづく思うのです。
9:1:0にしようとしたり5:5:0にしようとしたりするより、
1:8:1をどう配置するかで企業は格段に変わるのでは、と。
そのためには1:8:1を正確に把握することが重要なのでは、と。
自分で考え判断して動けない人は、誰かが明確な指示を与えればきちんとできたりするわけで。
指示を与えたがり自分で動きたくない人と組ませるとか、
要するに得手不得手の把握と適材適所って重要かなーって思うんですよ。
というのも前職場で教える立場を経験し、現職場では自分が雛なわけです。
前職場の同僚同士でこの間いろいろあって、
日付超えて得手不得手や人材の使い方について話し込んだばかりだったのですよ。
仕事ができる人が揃った企業が必ずしもできる企業ではなかろうし。


…寝起きに連投すんなって話だけど、
私の中のカテゴライズは新しい情報がある度に更新されるが、非常に複雑化している。
単純な判定基準が何本も並列に走るため、
「何処に格納するか」がめんどくさい。
わかんないまま放り込むフォルダも一応あるんだけどね。
カテゴライズがきちんとできないと、引き出せない。
つまりは頭の整理なんだが、
この複雑化した判定基準が非常にめんどうで他者に説明がしんどいものだと自覚も理解もしている。
これらはさらに好き嫌いとは別次元のお話。
情報が増える度に判定基準自体が容量を持つから、時々処理が落ちる。
いろんなことを考慮して感情も伴い複雑過ぎて落ちるような類いを
制限時間内にカテゴライズ決定せねばならないときに、
感情が理不尽に断ち切られるから、思考袋小路にはまる。
白黒しか持たない時、
「白じゃない」は黒が答えじゃない。
機械は1でなければ0。trueかFALSEか。
でも人は、多分それだけじゃない。
「白じゃない」が嘘かもしれない。なにも持ってないのかもしれない。
黒と白が元々実は入れ換わってるのかもしれない。
さてその手にあるのはどっち?


Do you know what she did?
Coming time plays game with shapes.
Do you know who you were?
A ruler shapes you easily.It's mistake.
They're strong.A wall is broken by another walls.
Done pieces will plan to do different world.
Good-bye commonsenses.Welcome six-senses.
We can feel deep sympathy. //Gute Nacht! Danke!


絵を描くのが好きな人はたくさんいるけど、
それで表現することとマッチングする人は限られてくる、
って辺りと繋がっちゃうんだよね。
私は表現者が好きなので、そこに【「訴えたい自分」を持つ人】の作品を見たい、のかな?
それは舞台役者とか音楽家とか全部共通で。
だから単純に技術的に上手な絵や写真のような絵は、目にとまっても、心には残らない感じ、かな?
どんなに絵が未熟でもわずかなページ数でも強烈な想いを訴える作品とかのほうが、わたしは、好き。
で、その想いを訴えるというのが相手に伝えるための表現でかつある種の自己陶酔がなければならない感じ。
一次創作で品を作ることに真っ直で向き合ってきたから、
この辺りのことは10年位前に吐きそうなほど考えた。
絵を描くのが好き、絵を描くのが下手、
絵じゃ伝えられないことが文字では伝えられるけど、絵を描くのが好きでも、の無限ループ。
表現したいことがはっきりしてて、そのために作ってる人が大好き。
でもこれは原作者サイド。アニメとかは別話。
今度は原作者の意思や伝えたいことを加工して、もう一つのオリジナル化を図ることだから。
この辺も昔すっごい考えた。誰かのためにか自分のためにかとかも腐るほど考えた。
結局、伝えたいことが、万人受けするかとか、
一部の人にすごく共感してもらえるかとか、
自分の方向性を他人の目で探って、探らなくてもなんだけど、
自分のかきたいことをかいたもの、かきあげた者が勝ち、だと思ってる。
ここに商業とかを絡めるとそれまた昔すっごい考えためんどくさい話になるんだけど(苦笑)
私の場合描きたい「想い」ありきだからなあ。
「描きたい想い」じゃないよ。
それは日常に散らばってるいろんなもので、
いつまでも表したいことを表せるようにならないし、
形がないものや形にできないものを形にしたくてやってることだから。
発想やネタとかというより、「想い」なんだよな。


自分がのみこみが早い類いの人や順応性がある人は、
教える側になった時に、のみこめない側の世界が見えないことが多い。
その両者のやりとりをみていると、そこにある溝に橋を渡したくなる。
それじゃその人は多分わからないよ、と。
相手がなぜ解らないかを解ろうとしない自分定規なチューターだと、
仕事の効率も成果も下がるばかりだと思う。
しかし自分がそうであること自体に気づけないことが多い。
解るから。
となると、片方は仕事が、片方は相手が解らない事実。
どうしても差があ(で)ることだから、育てることは差を考慮せねばならんと思うんだ。
誰もが結果的にできるようになるところまでもっていけるチューターが最善なのかなあ。


0=なにもないではなくて、
「なにもない」が在るんだよね?って10年くらい前に書いたなあって思い出したね。
無言が肯定も否定も生むように。
重い質量や強い重力が実体をもつかもたないかの光をも絡めとってしまうように。


強制するのもされるのも好まないから、強制しないしされないから、反発もうまれない。
場合があるということだね。きっと。


例えば、あなたが想い描く景色とわたしが想い描く景色の形容詞が同じでも、
あなたとわたしの形容詞がずれていたら、
それは全く違う世界のぶつかりあいで、
しかし二つの形容詞は重なりぶつかる衝撃はどこにいくのでしょう。
世のずれは重なりの中ではなく外に走る余波ではないかと。

簡単な言葉を理解することが易いとは言えません。
もし、そうなら世の中の好き嫌いが、こんなにもずれてすれ違うことはないはずです。
幼子でも使う「好き」と「嫌い」なのだから。


どこか遠くに投げた骨を拾って、くわえて帰ってきたの。
それはよくみたら自分が投げた骨では無かった、なんてよくある話。
帰ってきた誰かは、くるはずだった誰かとは違うものだったとかよくある話。
投げたつもりで自分が飛んでたなんて、ああよくある話。

あなたがもつ拡がりに、わたしという領域は追いつけず、
ただ茫然と全てが地平線のような真っ只中で、
世界に居竦んでいて、けれど確かに言えることがひとつ。
此処が、これが、これらが、わたしを中心としたわたしがもつ拡がり。
わたしの領域でわたしは居竦まない。ただ居続ける。

飛べない鳥は地をゆく蛇になぜ跳ばないのかと訊いたならもがれたのですのがれたのですはがれたのです鳥ではなかったのです蛇ではなかったのですただ、ただそこに在るひとつだったのですどうぞ忘れてください幻の翼幻の鱗実在の彼方。


クッキーとかけてハッカーととく。パスワードはおいしく頂きました。


1)全約数特殊数
2)割切可能最低値
3)割切不可能1除き最低値安定
4)2の2倍二乗総和
5)10の特殊数
6)完全数最低値
7)1除き素数最低値不安定
8)2の三乗割切可能
9)3の三乗
10)1〜9内包10進法区切り但し1は特殊数のため内包するが10の特異性には含めない。

という超個人的な数印象の話です。
偶数あてられてる人は割り切れる人。
値の大小は一切関係ないですが10or1に関しては極端ということ。
1〜9、1〜10の総和を位同士で足すと共に繰り上がる最大値9であることが不思議でなりません。
総和45と55。

9が1と2、または3だけで作れるのが不思議でなりません。
3に二乗数4を足すと7で
完全数最低値6に1を足すと7になることが不思議で
7が1と己以外でしか割り切れないのが不思議で不思議で。
完全数6があれだけ123を揃えるのに。

0はなにものにも割り切れず、
或いは全てを強引に割りきってなお結論を変えないと思うと、
値を持たないという肩書きではないが実質を持たないというのは、
0の穴には何が詰まっているのか知りたい。
1との差があまりにもすごくそれは単なる現象の形骸的なものとも言えて。

0のすごいところは掛け算割り算を全て自分にしてしまうとこ。
1のすごいところは全ての数を割りきり、鏡のように積を返すこと。
あと0を足しても引いても相手を絶対に変えないことと、
1を足しても引いても偶数と奇数が必ず入れ換わることもすごいと思ってます。


代入の在り方が好きです。
Xという箱にはなにをいれたっていい。
値や式を好きにいれていい。謎のパンドラボックス。
中はお宝かもしれないしガラクタかもしれない。
そう思うと連立方程式や関数はちょっとおもしろそうじゃないですか?

「世間一般ではこういう決めつけがあるよね」って意思表示する人って、
けっこう「そう決めつけてる」よね。
ほじくってみれば多分そうじゃない人がけっこういると思う。
結局、世の中の固定観念を植えつけられてるのはどっちかなあって思うけど、まさに自分のことだよねこれ。
固定観念は、けっこう大事なんですよ。ただ、邪魔になりやすいだけで。
でも「常識」は「共通の固定観念」ですし。
そもそも方向性をつけないと、まとまらない概念になるわけで
全指向性は、逆に何一つ決めかねるリスクなわけで。
ただし、固定観念がよろしくないことも多々あるわけで、
とりあえず、十把一絡げにされたい人と、されることを嫌う人がいるから、難しいねってことなんです。
「こーゆーこと普通考えないじゃん?」と会話にでると、
(いや、私はそーゆーことばっか考えてるよ)と思ったり、
相手によっては「うんにゃ。私は考える」と言ってしまう。
違う個別を十把一絡げにされることに慣れてはいても、うんざりもしてる。
誰がいいとかわるいとか、それがいいとかわるいとか、ではなく。
そんな事象がありますよ、と。
私だって何かを強引に十把一絡げにしては世界を捉えているのでしょうし。
よし悪しなど、個別の判別ですし。


時々、わかんねーやつはどーでもいいとか本気で思ってる。
言葉を額縁にでも入れて飾っとけよって。
いつまでも眺めて額縁を裏返したら別の言葉があるとか、別にもう考えなくてもいいよって。
時々、疲れると単純化する。好きか嫌いかの理屈抜きに。
バカにする、下にみる、軽んじる、そんな話になること自体が違うんだ。
魚と鳥がどっちがどうでも、
魚と鳥が「解り合えないという共通の認識によって解り合うしかない」と、
たまに、たたきつけたくなるときがある。


わたしが伝えたいことなど、簡単なひとつだ。
それを伝えられずにいる。
把握の齟齬、他者が他者であるがゆえの差異、
そんなものを超越できる方法など、簡単な場所には見当たらない。
見当たらないままでいい気もしている。


めんどくさいこと、めんどくさいせかい、だから遠くでいい。
だから遠くで、いい。
私の両手は小さいから、そんなにたくさん持てないから、遠巻きに見るだけでいい。
今つながってるものを大事にしていくだけ。
直接会って話す、って絶対何にも勝る最強ツールだと信じてる。
(相手が怒った時とかの最善ツールとは言わないが)
直接って、強いよ。
五感をフルで刺激されるから。
というか自分が大事にしたいことのひとつ。
始まりはいつだってそこから。


誤解と語弊を覚悟でいってしまうと、
人生で初めて、受からなくてはいけない試験に勉強して臨んだ試験でした。
逃げて逃げて逃げてとにかく勉強が嫌いで逃げてきた人生なので、
これは私にとっては違う意味を持つ合格なのです。
さらには10年前に一度逃げた試験ですから、
簡単と言われるものなんですが、知らなければ受からないものではあるので、
すごく、うん、過去と壁を少し超えられたかなって。
一昨年に英検3級をとりました。
これは中学の時に面接が嫌で嫌で嫌で嫌で逃げたことに対しての挑戦でした。
受かることがではなく、受けること自体が。
少しずつ失ったものを取り返したいのです。
少しずつ成長したいのです。この歳になっても。

逃げることは悪いことではないです。
もちろん逃げたっていい。
問題は私の場合、
自分がその自分の選択に納得できなかったり、
自分をみっともなく感じてしまったりすることなのです。
だから楽しく遊ぶために、と。いつだってここからリスタート。

頭がいいとか、賢いとか、優秀とか、仕事ができるとか、
たくさんいい(はずの)言葉をもらっても、
自分がみじめだと思うならみじめ以外の何者にも成れず。
比較ではなく、優越のほうに根差す劣等感は(私にとっては)みじめな気持ち。
ってことにこだわって、病んで卑下して自虐的に考えた時代はとうの昔に終わってますが。
私は私だもの。
でも少しばかり闘ってはいきたいのよね。
自分と向き合って行きたい、生きたいのよね。
自分を活かしたいのよね。


今は明日より昨日より重くて、
明日のためでも昨日のためでもなく、
今しか生きれない事実に、時々潰されそうになることがある。
と書くとメンヘラーぽいが眠いだけだよ。
明日も昨日も今も全部好きよ。嫌な日でも好きよ。
好きな人達がたくさんいる世界は好きよ。
嫌いなのはいつだってその気まぐれな気持ちを固定化されることだけよ。
つまりは嫌いな日があっても内包してるのよ。好きが内包するのよ。
いつだって想いが自由でいいじゃない。ある日突然違ってもいいじゃない。
なにかの盟約や条例、法律や規則でもなし、心は自由でいいじゃない。
行動は社会性に縛られるからなおさら。
自由に行動するのは、縄張りがあるからダメね。人間が生きるための縄張りが。


この閉じそうな迷路に解決法はいつもないまま。
もっと楽に生きれたらね。
なんで嫌いのカテゴライズがこんなに複雑な条件式なのか。
嫌えない分自分を嫌う等式だけは回避できるようになったけど。
うまくいえないや。ただ、わたしの、すなおなきもち、がいつも行方不明なの。


こだわるのはいつもわたしのほう。
割り切れないのもいつもわたしのほう。
例えばそれを実行したとして、より私らしいのはどっち、って自分が自分と並ぶのか。
ブレーカー一回落としたいな。
試算はいつも実測値と合わない。その世界が好き。


求める言葉だけをくれる関係は、それはそれでどうぞ。
私にはお砂糖ばかりでは栄養バランスがよろしくないの。
しかし嫌いなものは食いたくないのが実情。
それを眉間にしわ寄せてまで食べる理由が、わかっていながら。
食べなくていいんだって、わかっていながら。

理想郷も桃源郷も机上の空論も、いつだってそこに「有」るのよ。
そこに「在」る場所には無いだけで。ってなんで昼からこんなに電波なのよ。


I pretend me like a empty box. Damaged hands knocked the door which was covered.
Shall I believe it which open really? To be is not done.
Your position is not mine, it's natural. My status doesn't have anything.
It is not my business that a sky keeps the blue.
All is lip service by someone,isn't it?
Possibly it is based on own God.
You haven't to tell me to true.
But show me your thinking even if a borderline hide from your eyes.
We're finding new things here always.
For changing self. Little things make it changeable.
We are not alone. But we are original one.
It's only one. Yours is not mine.
I'm not you. So we can support each other.Therefore, it can do.


キャッチアンドリリースの精神。
テイクアウトは無しの方向で。
地道で地味な区分だけど。
これに関しては無くてもいい。
ただ電子上の虚像がいくつせせりたっても、現実的な実像には触れないままでいい。これに関しては。
電子文字が横に滑って縦に並んで、それで正確な温度を知るのは難しい。
ちょっとした声、ちょっとした仕草、それらが伝える個体情報は文字ではなかなか追いつかない。
結局のところ、一ミリも伝わらないんだろう。
ならばただの反射だよ。
好意には好意を、悪意にも好意を、善意には善意を、だから偽善には偽善を。
単なるオウム返しの空っぽな人形。を演じる頑固な わたし。という設定にしておこう。
好きも嫌いもひとつの鍋にいれて掻き混ぜた。
いつまでもいつまでもわけのわからない味のまま飲み続けた。
それを飲まなくてもいいんだって言ってくれる人達が好き。
飲み続ける私にバカだなって言いながら呆れながらも変わらずある人達が好き。
きれいに固められた箱の中に、水なら入れる。
だから溶けてしまえばいい。
だけどH2Oは変わらないよ。
変わってやらないよ。変えられないよ。
だから沸騰したら箱から消えちゃうよ。仕方ないよね。


くるくるまわる、ぐるぐるまわる、ながれながされ、いしをけずってきたの。
石を削ってきたの。
意思を削ってきたの。
意志が流れ流され、くるくる、周りの世界、回る世界。


それはmine(わたしのもの)であってmine(地雷)だよ。
あなたのすきなところですきにしていいものではないよ。



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ツイッタ中に、受信した電波的内容語群。
ツイッタアカ  uamo27 (日常駄々漏れ、電波時々。)

JUGEMテーマ:つぶやき。


「自分定規」 - - uamo72
【ツイッタログ9】多いですよ。
基本ツイッタまま。(読みやすくするための補正は多少いれています)
空白改行が1ツイート(1話題というべきか)。
時々何ツイートかで連弾仕様(最大で8ツイートくらい)。
眠たい時に大体電波受信するので、その旨の内容が含まれていることが多々あります。
「おやすみ」の前にだらだら書くのがデフォルトです。
手違いで2012.10-2012末までの二か月間はデータがとびました。
2013年1月-2013年3月末の間ぐらいです。

英語はフィーリングでお楽しみください。

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結論。多分わたしはどちらかに強制的に分類しろと言われたら、内向的だ。
しかし、わたしは強制的に外向的になれ、
その役を演じろと言われることにストレスを感じても嫌いではない。
そのこと自体がジレンマであってもだ。
なぜなら、わたしは内向的でありながら外向的な者が手にいれるモノを欲しがるからだ。
そして内向的であれば手にできるはずのものを捨ててしまう。
それが愚かなジレンマであってもだ。
しかし、わたしは
そのストレスありきのジレンマ自体が一種のアイデンティティーとやらで誤魔化されて、
わたしとして持つことにしている。
本当か嘘かではない世界がある。
さて、わたしは内向的だろうか?外向的だろうか?と繰り返す。
答えは冒頭だ。
内向的なものは弱者にされやすい。
浸透圧は両者の綱引きだ。
綱引き相手が弱いだなんてこと、なぜ言える?
それぞれのメリットデメリット、得手不得手。
世界は常にあらゆる綱引きをし続け保っているのに、誰が誰を下に上に見るの?
わたしは、ご存知かもしれないが、典型的な弱者びいき。
ただし、「弱者」の定義に関しては慎重なつもり。
言えない人がいて言わない人がいて言う人がいて言わずにおれない人がいて、
言え、言わなくていい、言うなという人達が世界に居るんだ。

【→た。雨がわたしを。もった。その関係はわたしを。
うった。気持ちがわたしを。
雨が降ったからその関係はもったけど気持ちがうった。
わたしをふったからわたしを持ったからわたしを売った、そしてあなたに雨がふっ→】

【はたくのです。ひどくはためくのです。ゆらすのです。
ひどくゆらめくのです。旗が揺れて時が去るのです。ひどくときめくのです。】


【見知らぬ月がまわることを、見知らぬ人が見ていた。
見知らぬままにそんなことは絶対にないと見知らぬ人が言い切った。
見知ればその月を、まわらないと言い切るのだろうか】
何人出演したかは想像にお任せ。


「私がされて嬉しいことは相手も嬉しい、
私が嫌なことは相手もされて嫌」が濃縮還元された気分。
違うだろ、と。相手がされてどう感じるかを視野にいれろよ、と(上手くできるかはともかく)。
責任とか難しい話はわからんが、自分=相手じゃないだろ、ってもうよくわからない。


差別、偏見、わかってもらえない苦しさ、わかりあえない感覚、
カウンセラーとの溝、医者不信、社会的マイノリティ。
でも多分じっくり見てみると、同じそれを抱えている人がたくさんいることに気づく。
水鳥の足の苦労は潜れば一目瞭然で、潜ろうともしない人がいるだけ。


なにが相手のためになるか、難しいね。
でも例えばエゴのおしつけだったとしても、
起爆して双方傷ついてなにか変わるなら、
片方が傷つくだけの変わらない状況よりいいのかもしれない。
それが対等な立場であるべきはずのものならば。

【句読点の前後を感じて見極めがつかないまま。
それなら考えなくてよろしい、と自分に言い聞かせても、
句読点が迫るから、ああ、もう逃げたくなる逃げてもいいのに逃げられないのは、
そこになんの意味があるんだろう。届かないなら伸ばす意味がないなんてうそ。うそ?】


i haven't to sit down here.here don't need me.
Let's go another place.kind room made me sad.
i must stand up there.there invite me whenever.
the thing calls me from over bridge. i had forgotten when sounds have sang .
i must not be knees down here. my joker begins walk.
hey? where go it? i have got it, get it. So i lost all.
defender was broken.How do show it this screen. 'cause i can't make out.
See you again,sir. A/B is not B/A. It is natural so.
thank-you Sir. See U next time.
// here is too hot but sometimes I feel cold.
// It's enough as reason. It's all.


私があの時感じたことや、私の本当のところは、言わなかった。
直接会うとやっぱりすごくいい子で、やっぱりそれは少し残念なすれ違いで、
知らずに人を遠ざける代わりに、違うタイプの人にはこの子はこれでいい気がした。
言えなかった、では多分ない。
三人にさえ注意をはらって少しでも考えてくれたら、
もう私がこの子を責める必要もぶつかる必要もない気がした。
自分がバカだと思う。本当にバカだと。
あまりにも当たり前にいい子だから、
言えば言うほど解りあえなさに傷つくのは自分な気がして、防衛して、しまった。
そして私はあの時感じたことを、忘れないまま薄らぐのを待って、
私が気にしたのが悪かったそれだけのことだった、となかったことにするんだろう。
これはもう救いようのない一線で他者と自分の差分。
あちらには気づかせることもかなわない一方的な、溝。
他者と自分は立場が対等だったとしても同じではないから、もうこれはどうしようもない道の交差点。
これ以上はない以下もないただ、私達の距離はもうここが最適の固定点。
寂しさとも悲しさとも違う、ただこれで良かったんだ。
本当にいい子だから、私は彼女に、彼女以上を求めない。
だから、もう私は彼女に私の理解を求めない。彼女は私じゃない。
彼女の良さを知る私が彼女の悪さばかりを咎めても、違う気がして、
これはどうにもならないただの差、なんだ。
これは見極めか、諦めか。
ただ多くの人に意見をもらいました。
予想以上に私はバカでした。
彼女にあなたの言葉が私をえぐったのだ、と言いませんでした。
いつだって私は自分可愛さに、傷つくことより傷つけることを躊躇い、結果傷つくことを嫌がっている。
この他人との溝はいつも、切なく、好きだ。
他人が他者たるこの溝が、たまらなく哀しくて寂しくて、好きだ。
動かぬ原点である自分などより、予測不能で動き回る点Pが好きだから、
私はあらゆる関数が美しい世界にみえ必要だと思っている。
一線を引いたのか、一線が引かれていたのか。
わからないけど、私はきっと、
あの時感じたものをなかったことにしようとして、なかったことにできずに、バカなまま生きていく。
彼女は何も知らずに私に笑ってくれて、それでいいと、私が思ってしまった。


蓄積していくのがわかる、それは泥沼のように、
鬱積してゆくのがわかる、それは幻想のように、
全てを壊して自分だけを守りたくなる、
全てを抱えて自分だけを壊したくなる、
変えて/変わらないでの天秤に、ある日突然疲れ果てる。

そこに詰まる温度を、もう、やめて、とどれだけ嘆いても、
無言に籠められる想いを、もう、要らないとどれだけ捨てても、
なにかが起きない限り、
私は動けず真意など本意など真実など知りたくもない知っているなら知りたかったなら、

これはとても怖いものだと知っている。
これはとても怖いものだと。
だから見ないふりをしたいのに、こじ開けられてしまうから、
世界は怖いものだと思うのに、それはとても美しいものだと知っている、から、だから、

【この広い世界で君に会えたことは僥倖だったと思う。
そして広い世界が閉じてたった二人の世界になってしまった悲劇を想う。
さらに君と僕は他者と自己でしかなく二つの世界の衝突が世界を拡げる皮肉】


いつぶりか、姉ちゃんと一緒にこたつでマミーのご飯を食べた。
姉ちゃんが子供を叱った話とか聞くと、すごい過剰反応する。
つくづく、姉ちゃんに叱られて怒られて育ちました。
私のシスコンは周知の事実ですが、「一般の姉ちゃんスキー」とは全く違うから説明がめんどくさい。
「好きか嫌いかちゃんと言え。いわねーとわかんねえ!」
「言いたいことあるなら言ってみろよ。は?お姉さまに口答えすんの?」
かと思えば「あんた下手くそだから邪魔。私がする」
「ちょっとどけや。あんたには無理こっちに貸せ」
……書き出してみると若かりし頃の姉ちゃん、典型的なツンデレですね。
なんだかんだで長女で、放っとけなくて面倒見るんだけど、
うまく言えないし、優しさをそのままだすってことができなくて、
その辺はわかってるから、理不尽だと思いながらも逆らわずに、
機嫌取りして、なんだかんだで末っ子で面倒見てほしいっていう
…のが今では超絶似た者対等姉妹なので、本当仲良し。
私が誰かと1対1で話をするとき、
根柢には「怒らないから本当のところをはっきり言ってほしい」というのがあります。
傷つく言葉や凹む言葉もたくさんありますが、
「本当のところ」を聞かせてほしいのが本音です。
互いにはっきり言わないとわからない、性格も考え方も真逆の姉と培った理解の方法。


こんなにも生物の可能性は無限なのに、どうして生物自身は有限なんだろう。


世の中は曲線と直線と、いうならば点でできてるわけだが、
空間質量はなんに当たるんだ?
質量を持たないのが空間ならなぜ「なにもないが存在する」の?ってのは、
多分微積分も結果の累積であってそのものは「見えない」に近い問題だろうか。
光を物質とするか波長とするか、わたしはその曖昧模糊さが、
ひどく原始的な生き物に酷似しているようでたまらなく好きだな。
光を象るには影を使うしかないのもまた魅力的。
波が世界を動かしている、と思うときがある。
それは脳内で起きる小さな反応から、光やもっと大きな波。
エネルギーは波にのってつながり、瞬く間に、そう瞬く間に世界の存続権を握っては刹那的に決定していく。


変わったことがいいたいんじゃない。
誰かに響かせようとそれだけのためでもない。
私はここにいるよと知らせたいだけじゃない。
あなたにそこに居てねが伝えたい。
あなたはたったひとつのオリジナルだよ、と。
そこが私の創作の原点だ。


表現力を学ぶのに、話をし過ぎる失敗が悪いことなんだろうか?
表現力を学ぶのに、沈黙を通すのが悪いことなんだろうか?
いろんなやり方を試行錯誤して、「自分」(私じゃない)を表現すればいいと思っている。
それが世界をつなぐと。
ただ悪い結果はあるよねー。
つーか表現力て必要かと言われたら、まあ、表現したい人には、だよね。
そこに在るだけで具現だからなあ。
意思の疎通に表現は多少必要でも、そのための力を磨く必要性は微妙。(電波始まったよ)
重きをどこに置くか、だが、誰かが誰かで在る事自体には優劣はない。
在る場所や関わるもので優劣がつく。
食物連鎖でさえ自体は優劣ではない。優劣は付加だ。そして常識と仲良しで共倒れしやすい。
立ち位置を決めることは重要だし、決められた位置もある。
だが基本的には全てが自分を原点として動く座標を追いかける。
動かぬ座標はたったひとつ。
自身における自分自体のみだ。
その座標が動いても働きは無効だ。
同じ距離だけ世界が動くからだ。と、なぜ表現力の話からとんだ…。
やたら眠いんだ。この小さな画面でなにがつながっているというんだろう?
どこが本当の入口でどこに出口があるんだろう?現実とネットの境目には猫がいる。※シュレディンガーの猫
相手に直接会うということは、基本どんな関与より強いと思っている。
媒介を使わない疎通はエネルギーが直だから。
しかし媒介を使う疎通が求められる時も確かにある。
表現力はその選択をする時にも使うかもしれない。(まとまらない)
そんな夜。異常な眠さなので寝よう…
自由と束縛、人間が細胞の集合体である以上、束縛は必須、
そしていつだって世界は「自ずから由(よし)」だ。
すごいね。半寝だともう何が言いたいかわかんないね。おやすみ!

「絵が上手な人はいいなあ」と言われることが嫌です。
私は、絵だけは、本当に苦手なとこから漸く今のとこまでなんとかきたし、
下手くそって言われて自分でもそう思いながらきたし、
今でも全然なので、「初めから上手」みたいな評価は見当違い過ぎて嫌です。
勿論わかった上での成長評価は嬉しいし、下手くそは凹みます。
「絵が好きだからこそ」に伴う苦しさを知らない人に
軽はずみに「最初から上手な人みたい」に言われると複雑な気持ちになります。
と、絵が苦手な私は思うのです。

人間の主観的優位性って、どこでどう判断してるんだろう?
「こいつには勝てる!」って、遺伝子情報?
でも人間対人間は捕食関係ではないからオスはわかるがメスは?
優劣を組み込むのは進化のためとしても今の人間は(遺伝子レベルで)どの辺重視なんだろう?
「電子的ネットワークでつなぐ」ってね、簡単に壊れるってことかなって。
「電子的ネットワークでつながった(べつのところの)もの」をきちんとみないと間違えるかなって。
攻殻や電磁砲見てて思うかな。
※2013年8月の日記でも同じこと書いてる辺りが。




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ツイッタ中に、受信した電波的内容語群。
ツイッタアカ  uamo27 (日常駄々漏れ、電波時々。)


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「自分定規」 - - uamo72
フェイスブックログ
時々、フェイスブックというツールで一日一言をやっています。
いまいちフェイスブックの使用方法というか
ツールとしての位置づけをどうしていいのかがわからなくて
電波系の創作的な一言をたまーに呟く、という形で使用しています。
そこでの呟きをまとめてみました。

基本フェイスブックまま。
空白改行が1投稿。
大体電波受信的な内容です。
ツイッタログとは違い、【】はフェイスブック内で使用したまま載せています。
英語などはフィーリングでお楽しみください。


------

【あなたのためになればいいと願いはいた言葉が、
(結果的にあなたにとって)悪いほうに働いた時、
わたしの言葉は本当にただの徒労に過ぎないんだろうか?】uamo


【わたしの中が虚ろでもいい。ただの殻でもいい。そこを駆け抜ける風が在るなら。】


【せりあがる想いを、のみくだす想いを、
かみくだく想いを、そうして、つりあがる靄(もや)を、
もみしだく霞を、かみがかる霧を、晴らすには、
上手く形にできなくても誠実に想いを伝えようとすれば良かった。】uamo


【昨日が枯れた、明日が開く、まるで今日はシュレディンガーの花ねと笑った】uamo


【誰かに渡したいものがあるの、誰にも渡せないものがあるの、
確かにわたしのものがあるの、足しにもならない は 足しのものが、
きっと誰かに渡したいのに渡せずにいる、わたしのもの】uamo


【その金だせよ、その鐘鳴らせよ、そうしてその価値(かね)だせよ】uamo
今初めてそう読めることに驚き知りました。ケータイ変換から学ぶ…。

【You will talk to me the reason someday.
The storm has gone when we had said good-bye .
I wait your answer to my question.】
uamo 山陰、すごい嵐なんですよ今…


【お日様の下で笑うもの、お月様の下で笑うもの、
わたしの中で笑うもの、みんな同じ、だけどそれは三重奏
it's same laughing under the sun and
the moon and in my mind.
But it sing harmony as trio.】uamo


【だってこんなに世界がきれいだもの、
それがどうして理由になるのか、考えたほうがきっと負け】uamo


【在処は決める、所在は決まる、処所(ところどころ)それらが行方不明】uamo

【つったんです。絶望したから。
しめたんです。希望に餓えて。
映ったんです。絶望の下から。
足らしめたんです。希望の上で。
ようやく首が据わりました。】uamo ホラーじゃないよ…!

【あなたに伝えたいことがあった、あなたに伝わらないことがあった、
あなたに伝えなくていいことがあった、それらは無関心でも不関与でもなかった。】uamo


【Which way do you want to go?We have to choice as quest.】uamo
     (追記補足:どっちにいきたい?冒険のように選ばなきゃならない)


【Wie kann ich zu Ihnen sein? I have found the way.】 uamo
耳勉強は本当に綴りがわからないな…。いろいろ怪しい。
      (追記補足:あなたのもとへどう行けばいい?の、つもりっぽい)

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受信した電波的内容語群。
フェイスブックアカウントは公開していません。
そして現在更新停止中とか…。
この先もツイッタほどには動きません。
「自分定規」 - - uamo72
【ツイッタログ8】今回かなり多め。
基本ツイッタまま。(読みやすくするための補正は多少いれています)
空白改行が1ツイート(1話題というべきか)。
時々何ツイートかで連弾仕様(最大で5ツイートくらい)。
眠たい時に大体電波受信するので、その旨の内容が含まれていることが多々あります。
「おやすみ」の前にだらだら書くのがデフォルトです。
【この括弧】内は編集時の補足や注意書きなどです。
基本的に上から新しい順なので一番下が一番古く2012/3−2012/10の間ぐらいです。

英語はフィーリングでお楽しみください。

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(客観的にみて)ひどいことされたからって
簡単に相手のせいにして簡単に嫌えない人種(当事者)がいることをわかって。
簡単に自分のせいにして相手を嫌えない人がいることをわかって。
悪口言われて傷ついて、悪口言った子を敵だと思うわけではなくて
自分のどこがいけないのか泣く子がいることを。


なんかもう絶望ドロップ。
なんで優しい人が笑えない理不尽さがあるんだろう。
なんで頑張る人が報われない理不尽さがあるんだろう。
でも、どうして、その理不尽さが、すべてを公正にするために必要なものの一つなんだろう。


どうして、
中央は右の言ってることも左の言ってることも
受け取ってほしい形で理解できるのに、
左右は理解しようとしても分かり合えないんだろう。
ああ、思い出すよ思い出すよ。
これは中学生の時の絶望ドロップの味だ。
これはあの時代の苦い苦い味だ。
どちらも互いを大事に思っているのになぜ、と。


「質問」uamo27って何ですか? 
「ベストアンサー」ちょっと複雑なんですが、簡単に言うならば「砂糖と塩を間違えた料理」ですかね
【診断メーカーという占いみたいな感じの遊びがあります。
自分の診断したい文字列を入れると、文章を作って返してくれます】


読み手と書き手の齟齬、も、またある種の味わい。かな?
なににおもきを置いて伝えようとするか、
と、
なににおもきを置いて捉えようとするかの差。
これを詰めるのも詰めないのも大事だけど、
これをわからずに、はまた違う方向になるやも。


あなたを追った、わたしは折った、
あなたが織った、わたしが負った
辿り着くために、路をつくろうとして、美しいものを、そこにある気持ちを、
わたしたちはその距離を香った


今日が明日を見限って昨日のいる実家に帰りました。
明日は今日の代わりを余儀なくされました。
ついでにおまえも手伝えと明後日に明日をさせました。
つまりは日付が変わりました。…寝なきゃorz。


踏み込まれたくない領域とゆーものがある、ということ自体がわかんない場合があって、
土足のまま入っていいよ?ってのと入るぜ!って土足で踏み荒らすのは大きく違う。
さらに土足禁止もあるし、立ち入り禁止もある。


文字が変えてしまう温度を、計りあぐねている。
と、ウサギがやってきて、さっさと行けよオラ!って後ろから蹴りたくられる。
わたしはそのウサギが大事だと思っている。


瞬間的理解ってのか、砂をかみつぶして、ふっとそれが美味しいって感じるような
あの、あれを、もう一回味わいたいと思ったらもう追いかけるしかないのよ。


へどろのような、底無し沼の、
真ん中奥深く根差した場所を掻き、混ぜて、そのどろりとした感触を舐めて。
ある日突然に全てがクリアになって、
久々にこんなえげつない楽しいとは遠いが快感に近い強烈な心感をした。
この数週間のあのどろりが全て嘘のようで、
しかし、それは無かったことにはならず。
21の時のようにはならなかった。ならなかったんだ、と。
さあこの身にたまるこのこれをなんと名付けようか?
これを、形にすることに快楽を感じる以上、巣食うこれを、不必要と言えようか?
本当に人の主観というものはおもしろく。
世界が歪んで見えるとき、歪んでいるのは世界かこの目か。
どちらでも大差ない。目に映る世界が歪んでいることは変わらない。
それが突然に真っ直ぐになるから未来は侮れない。


もしもそこにわたしがいることが、
誰かのある種の助けや逃げ道になっているのならば、
わたしは幾らでも戻ろうと思う。
しかしそれについて懐疑的になるとき、
わたしはいつも去ろうと思う。
なぜならある種の苦痛を伴っている以上逃れたくなるからである。
自分の苦痛には正直だが、
他者に期待される数値があると秤にかけて期待値をとるから結果嘘になる、ということを
わたしはいつ反省するのだろう。
何事に置いても現状、ずっとこの軋轢の中にいる。
他者につながりを求める余りに自分を孤独にする矛盾ワルツ。


決着がなかなかつかないから楽しめる試合ってあるじゃない?
結論だすことより、論じることが楽しいってことあるじゃない?
向き合いたくないことあるじゃない?
背中にしてるからいいことあるじゃない?ってつくづく思う。
何回考えても結論だせないから。
直面すると全力で逃げたくなることある。
仕事しかり遊びしかり締切しかり。
斜めの方向、あさっての方向でちょうどいいことある。
太陽を直視しちゃいけないみたいに。傾く地軸のように。


my eyes have seen strong walls since young.
its eat the lines what separate one and zero.
i have no choice but do give up.a shade of defence takes with unknown pipe.


わかっている。これは全てわたし側の問題だ。
わかっている。これは何一つ、おそらくはわたしすらある意味悪くない問題だ。
わかっている。多分、何一つ問題じゃないことなんだ。


過去が二度と開かない扉で、未来は(今は絶対に)開けることの敵わない扉だとして。
ならそもそも私たちが居るのはある隔絶された空間だろうか?
拡がる全ては点在をか細い糸でつなぐ織物だろうか?
何枚の織物を重ねて現在は在るのだろう?
点に点を同じ場所にねじ込んだ時のその場の力作用ってどんなんだろな。
人と人の出会いって隕石の衝突並みじゃないのかなとか。
空間に空間をぶつけたらそこは虚になりそうだよな。
変なの。二つをぶつけてどろんなんて。とか要するに眠いのかこれ。
心と心をぶつけて、勝ち負けなどどこにもない。
ぶつけた結果はアトランダム。(ただし、勝った、負けたと感じる心は生まれるかもしらん)
【半年後に心二つの解がないとか書いてますね…】



まじないが呪いならば、
真死無い、間知らない、魔散らない、混じらない、交わらない、紛らわない、間切れない、撒ききれない、待ちきれない、間はち切れない、魔は千切れない、
真 視 無い 、 本当はいつも視えて居無い。


薄皮一枚、剥ぐればそこにずっと在ったのだと意識する。
それは月を貫く大樹のように、それは太陽を戴く赤土のように。
外側一枚、剥けばそこには虚実すらなくただ、なにも無かったのだと自覚できただろうか?


(嫌)→(驚)→(嫌々)→(悶々)→(現実逃避)→(嫌々嫌々)→(逃げたい)
→(鬱々)→(嫌々鬱々悶々)→(めんどい)→(どーでもよくなってきた)
→(自暴自棄)→(なるよーになれ)→(ケセラセラ)
→(段々どーにもならん状況がある種の笑える)→いまここ。
【この半年後→(その環境から脱兎)→(晴々清々)→(楽しさ)いまここ。】


この間から、ずっと、考えているのだけど、
やっぱりそれはなんだか調整不能気味で、それがとても残念で悲しくて仕方ない。
言葉にならなくてでも確かで。
もうなにも言わなくていいかなって地滑り起こして新大陸発見してる感じ。
それは本来単数のことでありながら場面を複数もつかもしれない。
つまりは全てが狭間の。
他愛なく笑っていたいのに、問題なくそうできないのは、きっともうどうしようもないことで。
どうしたの?とかどうして?って訊かれても何がどうで、どうしてこうなのかよくわからない。
落ち込んでるわけでも沈んでるわけでもないのに、どうして言葉を躊躇うのかわからない。
どうして想いはあるのに象(かたち)をとれないままなんだろう?


もどかしい想いを、抱えて、
どうにもならないことを、覚えて、
疑わしいことを忘れて、
戻らないこと も どかしたいこと も 囚われない想いを、掲げて、
どうにかしてきたことに、溺れて、
相応しいことが掠れて、も 解かしたい想いを(dacapo)
【「もどかしい」に掛けているため読みにくいですがそのまま】


ネットって本当に一期一会的なとこあるよね。
現在のデスクトップはお気に入りの拾い物画像なんだけど、
同じ条件で検索してもでてこない。
画面の中にもう一個の世界が広がってるけど、
ネット世界って自然淘汰的なもんがない気がするなあ。
ちょっと掘り下げてこの辺考えよう。
スペースデブリの回収が始まるけど、ネットデブリ的な回収は不可能なんだろうなあ。
一つの情報(データ)が不要かどうか、誰も決められないもんな。
逆にコピーがオリジナル化を始めるかもしれないものね。スタンドアローンな話。
そもそも、デブリが存在しない、のか。
星が空にあって当たり前なように。散らばるのが当然と。
でも例えばネット空間に限りができたとしたら、
これは所有(領有)の骨肉の争いを始めるんだろうか?
その場合実質のサーバーが吹っ飛ぶことは何と等しいんだろう?
ヨルムンガンドじゃないけど、空と海と大陸と。
それらのどこでもない、実在しない確かに在る空間。
私たちは画面を通して、一体何(どこ)を垣間見てるんだろう。
電子機器がなければ見れない、ここは、一体なんなんだろう。
でも逆に自然淘汰はない。同じ環境さえ揃えば保たれるその保持性は。
【スタンドアローンのくだりは「攻殻機動隊」というアニメを踏まえています。
ヨルムンガンドは漫画、アニメです。】


自分を極端に卑下すると、
そんなあなたを大事に想う人の気持ちを踏みにじってしまわないか。
だから常にバトル。
自分を嫌いでも自分を好意的に見てくれる人の気持ちを大切にしようと思うと
必然的に常にラスボス戦だよ。
でもね。
「踏みにじったものを元に戻すのは疲れた(鬼束ちひろ/イノセンス)」気持ちもわかるなあ。
自分を苦しめる要因が他者とは限らないよね、と。


感情を捉えるには技術が要って、
捉えたものを放(話)すには技術が要って、
誰かが放(話)ったものを捉えるには感情を捉える技術が要る。
技術があれば上手くいくかなんて問いは無用だ。
そんな技術がなくても上手くいくことがある妙。


相対と絶対に挟まれて潰されるものがあると思うんだ。
上手く言えないけど。主観と客観に消される歪(ひず)みがあると思うんだ。
そして意外に潰されたものや消されたものをみて大事に思う人がいるんじゃないか、って思ってるんだ。


今、その人と話ができることは、本当に在り難いことで、得難いことで、
だから、今伝えなくちゃ、と、生きてたなあと。
ベースはそこだ。
悲観的だから楽観し、楽観的に悲観する。
それは矛盾するようで実を同じとするのでは、と最近。
前から思ってんだが、
中身や本質を指す「実」が、
神話の中で人間を人間たらしめた木の実の「実」と同じ漢字って奇縁だなって。
人がなにかの実なのか、と。外の器的な字は身、なのに、と。


どうして1と1を足したら、違う数になるんだろう?わたしたちが手を繋いでも違うものにはならないのに。


私「前髪つくってからみんなに若返った言われんねん。今までどんだけ老け顔やったん」
その場にいた三人「違う。お前は黙ってれば若い。黙ってれば。黙っ(略)」
わかった。わかったってば。
【実際は若年を通り越し、中年まではまだちょっといかないくらい。
場所によっては若年。学生からはおばさんおじさんの域】



約束をいっぱい破り、言ったことを守れず、
終いには約束することを躊躇い、口に出すのも怖くなる。
が、もし、約束を破っても(破りたいわけではない)、
約束をしなくても続くような縁なら、
本気で大事にしたいと思ってることを、やっぱり口にしとかないとダメかなって。
思って書いてみる。
定期的に私がこれ系のことを吐き出すのは、
誰かがある地点から突然できてたことができなくなった時に、
理不尽のやり場がなく、理解も得られにくいと思うから。
やりたいことができないって最上位の不満や鬱だと思うの。
周りの理解や支えなしに受け止めるのは難しい。
【どんな病気でもね。病気じゃなかったとしてもね。】


どんなスタンスの意見も正しく、間違いならば、
理解して欲しいと理解しようとしない人に求めるのは不毛で、
理解するつもりでありながら理解できずに結果ざく切りにするのは不協和音。
でもそこに1ミリも優しさや温かい想いがないなんて、誰が言えるだろう。


あっぷあっぷ。人生の荒波から抜けたいが、
水槽からとんだメダカは理科室の床で干上がるだけなのよ……。


つまりバカだから、自分が本当にどうしたいかなんてわかんねーのよ。
ってるうちに、きっと、積み木崩し。
身体は五年間でだいぶガッタガタになったよね。
みんなと一緒に歩きたいの。だけど一緒に歩けないの。だから目指すはななひかり駅。
がんばってなんとかなるなら、いくらでもがんばるが、
がんばるだけ悪くなるからがんばりたくてもがんばってはいけない立場を、
対岸に理解してもらうのは至難の業。
この立場の精一杯を尽くしたいの、
がんばれるだけはがんばってる人を励ましたいの、
崩れる積み木に手を添えたいの。
と書くと大層な疾患もちのようだが、
健康以外のなにものでもない理不尽。
本人が感じることとデータがあしなみ揃わないだけで、
目にみえる結果にでない、たったそれだけで、
ダメだダメだと呆れ笑われレッテルをはられ信用や信頼を失う。
その際、私の言葉は無力だ。
だから噛みつき、吠える負け犬。で、いい。
誰がどんな言葉をはいて、どんなレッテルをはっても、
みんながくれる優しさ(に感じる行為、思惑)を疑わない。
それを間違えると私は私に喰われ、他者を害する者になってしまう。
かなと思うのですが、とりあえず、体調最悪の一週間終わり!
【七光り駅はわたしが指針としている場所で、造語的。
みんなという電車がほんの一瞬停まって、あんな場所もあったなって言ってもらえる駅に
私はなりたいのです。みんなと同じように走れる電車になれないならば
ここでみんなを待つ、浮遊空間流動性のでもいつもそこにある駅に。】


Star's work is to shine , my work is bring darkness for it.
It's so naturaly.
【星は光るのが仕事、わたしはそのために闇を連れてくるのが仕事、そんな塩梅】



「波足りて 何処に舞うは 白こぶし 誰ぞ掬わん 散りぬる卯月に」
はっきりいってこぶしの花と白木蓮の区別がつけられません。山茶花と椿も無理です。
裏の意味はまあ暗いに決まってる私だもの。
「我が桜 起ち芽のゆくみち 知らねども 零つ夢の香 いとあわれとぞ」
二重意味考えるの楽しい。 たちめのたちはこの漢字であってんのかなー。


I'm dancing on a line. A greatest enemy comes here closer.
I'm facing on a line.Man's go there far a way.
Words that seal and hearts that open.(base on Mr.Gray's)/
My opinion is in madness,my discussion is in a sense,so listen to say from my eyes.
Wind knows where thoughts go,nobody knows where wind has gone. Are there thoughts really?
   境に踊り、敵がより近くここに、
   境で向き合い、みんな遠くに
   封じる言葉を、開く心を(元ネタ有)
   意見は狂気の上に、話し合いは感覚の上に、だから目を見て?
   風は想いたちの行方を知ってるが誰も風の行方を知らない。さあ想いは本当に在ったのか
だけどいつだって想いは往こうとするから現在形、だけどいつだって知ろうとしないなら現在完了継続形。


食したかったわけではないことだけは確かだ。
a fish means the line to shake hands.
close the mouth if you want be keep a secret( in your mind).
open the mouth if you want touch something else.everybody has a role wherever.
but it is not known what is.
【電波すぎて自分でもわからないレベル。最初の日本文が一番わからない。】



漠然と、その子が深刻にそれと向き合わざるを得なくなるだろうな、と心配していた。
上手くいけばいいなあ。
応援というか、陰ながら祈っとく。
持ってる人には簡単でも、持ちたいのに持てない人にはいつだって真剣で深刻で笑い事じゃない。


21歳くらいの時は、今より真剣に書く、描く、ことについて語ってたし考えてた。
でも自分以外に成れないし、
ならなくていいし、
どう在っても自分のやり方しかできんと思い知らされて今のスタンスになった。
でも実は今でも熱い。
私は本当に絵が苦手でね、小説も得意じゃなくてね、
なんでこんなんになったんだろうって考えると、
他人に伝えたい事で満ち溢れてて一杯で苦しくてだったんだよね。
一回開放(解放)したらもう帰れなかった。
誰かのためでも、誰かのせいでもなく、そうであることもある。
描(書)くことは自分を飾らなくて良かったし等身大の私が形として在った。
そして本当の私を欠いたことも、あった。
現実での自分の主体性を見失った。
でも作品の中に私の本当の欠片が散っていて、私は自分探しを繰り返している。
だから作品に対する他者の反応は直結。
でもそれでいい。型崩れが気になるリアルだからそこでは崩れた私のままで向き合いたい。
そんな過程が、道程が、誰かにいいきっかけをもたらすなら、
それは言葉にできない想いをうむ。
見栄も虚勢もごまかしもない主体のない影が、実を得る気がして、
私はおもわず世界が好きだと叫びたくなるの。
と、夜中に書くとこんなんばかりの連投になるね。
でもね。幾らかは解ってるの。
他者の何かがなくとも、それは独立した価値を持つのよって。
私の作品に限らず作品は
全てが形に成った、された時点で
複合的な、確実な価値を付与されてるんじゃないかって。
例えば昨日描けなかった絵が今日は描けました。
それを含んだ絵の価値は、単純な一つでありながら、複雑な一つな気がするの。
私は受け手としてはその両方の一つを受けられるようになりたいと思ってる。
そんな夜中の与太話。おやすみ。


「私は嘘つきです。本当です。信じてください」今日はワタヌキだ。さあ論理的に話し合おう。
【4月1日エイプリルフールのおふざけ】


やりたいこととできることが仲良くないから、目標が嘘や大言壮語に成るんだよなあ。
意志の問題でできないってことは割と少ない。
意志をポッキリと折ってくれるドSな身体がな。
だからそんな自分に何ができるか、を考える。
と、まず、まあ、自活、自立できない。
他者の助けなしに生きれない。
情けないって嫌悪しても進めないので私はこうだで済ませる。
出来ること範囲が狭いけどそこでこそ頑張りどころだよね。って思えなかった若かりし時代もあったよ。
自分が自分をとにかく責めた時代が。
おばかで間抜けで阿呆で甘えたでドジで めら可愛い うちの猫が いつも大事なことを教えてくれるよ。
おまえは(物理的に)何の役にもたたない。
だけどおまえの価値はそもそもそんなもんじゃない。と、飼い主は思ってるよ。


rains song is very nice.
drops are dancing at this town.
taking about sun and moon steps in the night.
covered mouth has no sounds, clever shadows begin to speak. ta-tarata…


「この世で壮絶に嫌いなものを1つあげる」ハッシュタグがあるんだけど、
書こうとして書けなかった。
なにを選んでも違う気がして、持ってないわけでもない気がして。
壮絶に好きなものを探したら世界で、
世界の反対は人で、
でも違う気がして、わかんなくなった。
【ハッシュタグはツイッタの特定の言葉で検索するためにツイートに組み込むタグです。
例)#木の実 これが入っていると#木の実がついているみんなのツイートをまとめて見ることができます】


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ツイッタ中に、受信した電波的内容語群。
ツイッタアカ  uamo27 (日常駄々漏れ、電波時々。)


JUGEMテーマ:つぶやき。


「自分定規」 - - uamo72
【ツイッタログ7】今回かなり多め。
基本ツイッタまま。(読みやすくするための補正は多少いれています)
空白改行が1ツイート(1話題というべきか)。
時々何ツイートかで連弾仕様(最大で5ツイートくらい)。
眠たい時に大体電波受信するので、その旨の内容が含まれていることが多々あります。
「おやすみ」の前にだらだら書くのがデフォルトです。
【この括弧】内は編集時の補足や注意書きなどです。
基本的に上から新しい順なので一番下が一番古く2012/3−2012/10の間ぐらいです。

英語はフィーリングでお楽しみください。

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「君が降る 夜空瞬く 星月に 想いは目蓋に 君が駆け降る」
「さざ波の ひいて散る粉 浮かぶ像 まぶし点在 その物想い」
誰かの存在が降り注ぐ時って、まるで槍が降ってくるみたいじゃないですか?
強烈で痛くて無視できなくてでも当たらないことあるよみたいな。


「眩む日の 風が通りの 黄昏に まだ来ぬ灯り 頼る瀬もなく」
…わかった。私には情緒を表現する能力は皆無だわ。
よーくわかった。うん。全部暗黒歌にしかならんわ。
結局いい状況か悪い状況かわかんない歌になったな…


投「鳴らぬ鳥 枝葉のゆく城 知らねども 柵越え羽の 宿と成せばと」
返「泊まらばと 然るにふさぐ 天空の ひらく家路に 泣く鳥何処と」
一応問答的な意味を籠めて。

let's take it easy in uneasy.
when u don't look front and back, there is it which you want inside.
sky eats heavy ocean and the blue rides rivers.
circle has all, all is one.
covered mountain laugh for cold wind under the moon.


汚いもんの数だけきれいなもんがあるよ。
憂いの数だけ楽しさがあるよ。
きれいや楽しいばかりでは眩しい世界に居場所がないよ。
汚く憂いの場所から見える美しさがあるよ。
焦がれるだけではだめで手を伸ばすばかりではだめで。


おとしめたいわけではないの、おとしまえをつけて欲しいだけ。
けなしたいわけではないの、けなげにしてきた報いを得るだけ。
あくにんにしたいわけではないの、飽くまで(あくまでも)された事実を語りたいの。


これを友は傷の修復だと言った。
おまえは無自覚だから甚大な被害で、
自覚したらそれを取り戻すべく動くから怖いんだ、と。
つまりは恨みが深く根差す前に自覚して防衛しろと叱られたわけだが
同じ轍を踏んだ。
浄化に何年費やすやら、嫌な人間性だこと。


do u remember me?
u'll 4get X lines.
neighborhood knows frozen talks.
where has gone a piece of memory? -in yourside always.


まるときゅうは、どっちが強いんだろうなんて考えても仕方ない。
平面にきゅうは存在できず、まるは平面にしか存在できない。
フィールドが違う二つを比較しても答えは「解なし」。
心がふたつ、どちらが強いかなんて、私には解がみつからない。


理解してもらおうと一生懸命になることも大切だけど、
理解してもらうことを諦めることも時には大事じゃないかな、と思ってる。
理解できない者同士でうまくやれる方法を探すことのほうが建設的なこともあるんじゃないかなって。


常に次元は接していて、次元が違うゆえに認識できないかもしれないなあと思ってます。
幽霊とか違う次元の平行世界との接触とか。
もしかしたら目の前に昨日の私が普通に生活してるのかも、と思うとなんかおもしろいのです。
なにもない空間なんて本当にあるのかなって。
空間を所持する以上は。


ねーちゃん見てると、なんか、本気で自分バカだよなって思えてくる。
正しいかどうかより大事なことがあるんだよなって。
ねーちゃんは正しいを見失いやすいけど大事なものははずさない。
正しさを見ようとして大事なもん落としてる妹は時々考える。


病院のすぐ裏手の高いところに墓がみえる。
墓をみようとすると空がみえる。
空をみようとすると日が眩しくて視線をおとす。と、病院のすぐ下がみえる。
いつも変わらない地面が、みえる。
道はそこにみえなくても。
って主人公が病院の外にいることを明示しないと印象が真逆にならないかこれ。


『描いた円の中に一本の線を引きました。何本も何本も引きました。
なのにどうしていつまでも触れ合わないんでしょう。
なのにどうして隔絶された空間が増えてゆくのでしょう。』
これは後で加筆修正したいかな。閉じた輪は自己完結、という話。
こっこさんのサインってつい目で辿ってしまいませんか?
触れてないのかな?って。
ドーナツの外周と内周は空間を共有しているのか、空間に隔絶されているのか。
同じものを持つのに、全く異なる世界にしか触れてないのかなとか考えちゃう


『ぐちゃぐちゃとまれ。あかかしろか真ん中か。
ぐちゃぐちゃとまれ。左か右か真ん中か。
ぐちゃぐちゃとまれ。昨日か明日か真ん中か。
ぐちゃぐちゃとまれ。光か影か真ん中か。』
…わたしかあなたか真ん中か、をいれるべきか悩む。
わ、なんか、字面みると危ない人みたいだ。
「ぐちゃぐちゃとまれ」って遊びがあるんですよ!
本当ですよ。小学生の時校庭のテトラポットや縄跳びでしてました。
あーぶくたったゎにえたったーとかあった…ですよね?


虹と地面の境目を探して、空と海の境目を探して、
あなたとわたしの境目を探して、全てが境目だらけでなにもかもが境目の上。
なのになぜかな。継ぎ目だらけの全てが、統べてつながっているの。
遠くにうつる一本の線はいつも見えているの。


心は宝石箱。
今この箱に多く詰まっているこの石がどんな色でどんな形なのかわからない。
箱を開けてどんなに眺めてもわからない。
だから箱を閉めてしまう。
そして開けないまま歩き、転ぶ。
その躓いた石をみてわかる日がくる。


自分(の人生)くらいちゃんと持ちたいんだが。
ままならないなあ…。
他人の善意と優しさと思いやりと支えとお金で成り立っていて
わたしにコレを返せる日がくるんだろうか。
とかまあ深刻に考えたのは23歳までです。
その分笑って感謝を言葉にすることにしてます。
ま、愚痴も相当数な辺りが不完全な人間らしさということに。
聖人君子じゃないの。わたしはわたしだもの、と思うことにしてる。
そんなに立派じゃなくてもいいって言ってくれる人が
世の中にはたくさんいるって実感させてもらえてるのは本当に有り難い。


みんなが遠くにいるんじゃなくて、
あなたがみんなを遠まきにしているんだよ、と、きっと本人だけが気づかない。
相互不理解が奏でる和音があって相互理解が奏でる不協和音もあるかもしれない。
理解などなくても奏でられる美しい歌があるかも知れない。


この人が見てるものを見たい」という幻想の追跡ゲームな人生万歳。
でもそれは、見えないから見たい類いのものだったり、見えなくていいものだったり、する気がしている。
謎を明かしたいのと謎のままだから近づきたいのと、謎を謎で返したいのと、みたいな不思議な世界。


run away quickly
it comes soon
getting passion is like a snow
giving emotion is melting in a moment
you're so beautiful magic.
はやく遠くへ。それが近くに。得たのは幻、得るのは幻、触れる幻は想いの塊。
【訳文ではないです。電波な英語と電波な日本文です。】



差別、偏見、固定観念。
べきである。そうである。
想いが集うところに形などなく、
象らないのに力だけがあり、
いろいろな紛い物にすげかわり、
私達が手にするルーラーはいつもあてにならないくらいが多分ちょうどいい。


I took to the place which can be alone.Because it was so noisy.
Do you know why I feel sad?
The noisy sounds had given me heartful thing.I didn't know until I lost it.
【一人になれる場所に、だって騒がしい。なんで悲しいかわかる?
騒がしさが想いたくさんのものを連れてくる。まだ多くのものを失ってるって気づかない私】


where is space what i can be in?
the blocks erase joyful boxes.
closed mouth says clearly that it shall be in the boxes.
my thinking go far.
white river comes over black it. just wait.
oh wait little more.it may become the shapes enough.


極端を白黒で表し、二つを混ぜたグレーゾーン。
約8割を表すであろうそれが成れの果てであることがおもしろいなと常々。
なぜそれを灰としたのか、それは身近だったからだろうか?なことをだらりとおはよう。


big voice press me.It's very noisy.
i closed my ears with this hands.
calm down, cool down, pace down, in this town.
Instantly speaking, It's not easy and enough.
I can't get it still.
it started in Pandora Box.
the answers have been in CosMos.
Clouds Ocean Sunder Mementmori O=zero Sign / 1/0
【大声が私を責める、ああうるさい、からわたし手で耳を閉じる。
落ち着いて冷静に速度落としてこの街で
簡単に言ってしまえばそれは容易でなく十分でないの。
わたしはまだそれを理解できずにいるの。
それはパンドラの箱の中で始めた。
答えはずっとコスモスのなか。
雲 大海 雷 死を想え 0はゼロの 記号1/0 (答えは)その辺にあるわ。
 注)頭文字COSMOS】


娘「材料卵も小麦粉もバターも砂糖も100gだって!わかりやす!」
母「パウンドケーキだもんよ」
娘「は?」
母「パウンド=ポンドって目方なわけよ。目方でつくるケーキなわけよ」
Σ!! 娘、目から鱗。


…空間移動ってよく考えたらすごいことよね。
だって物体を左から右に動かしても、目を逸らさなかったら視点と物体の距離変わんない。
つまり、座標シートごと同じ距離動かしたら動いてないことになる。
その際のエネルギー消費はどこに認められるんだ?
平行四辺形な恋、とか切ないよな。
同じベクトルなのに向かい合う彼らは触れ合うことも交わることもない。
同じゆえに。
正三角形な恋は二つの同じ想いに揺れて安定した破綻。
真円な恋は二人だけの閉じて変わらぬ世界。とか思うと図形萌える。
平行四辺形に関しては同じようなカップルがいて、
結局は違う組み合わせで落ち着くのかな、とか。
二等辺三角形は取り合い。
でそれらの恋愛模様の悪の頭取はもちろん形を欲しがる線である。
みたいな電波受信は眠いから。おやすみ!


ぶつり、ぶつり。なにかを切って、もののことわりとする。

光の速度に勝る必要なんてない。この身が光に成れないならば

ゼロの中心にあるものと、ドーナツの真ん中にあるもの。その違いがわたしとあなたの違い


今、なにがかきたいの?ってきかれたら、ものすごく困る。
でも多分なんか無性に書きたいの。
私はこんなときはなにかいてもダメなの。
書きたいものが見えてないと、形はわからなくても書きたいもの自体が見えてないとダメなの。
形はなくていい。上手く言えないけど、書きたいだけの欲求じゃダメで、
「これ」を形にしたいとかするとか、が強くないとダメで、
これが具体的ななにかでなくてもいい。
形にするのが難しい類いの、想いとか感情とかに粘りついてる類いのもの。
私の場合は、なんだけど。
書きたいのに見つからないとき、それは趣味(ライフワーク)の形骸化だと思ってる。
今はまさにそれ。
疲れて感受性が低下してて、役にたたない受信塔。
こんな時、ああ、したいことが明確で目標があるって大事なんだなって虚ろな自分は思うわけだ。



(多分無意識に)周り全部に噛みつく人がいて、
噛みつかれても努めて抑えようとした。
隣の人がその本人のためにも、
噛み癖をなんとかして周りに笑ってもらえるようにと真剣に考えていた。
「嫌いか好きかなら、好きがいい。嫌って過ごすか好きで過ごすかなら好きがいい」
中学生の時には持ってた、今はなくしたそれを、
歳上の彼女が持っていて、夕日が眩しかった。
そうだね。そうだったね。うん、そうだった。
相手がわたしを嫌っても、わたしが相手を好きならいい。
そう言い切ってたことは、ある種相手を尊重しない考えだとしても、
少なくとも周りにマイナスオーラを感染させる類いのものではないな、とこの年になって気づいた。
他人に合わせようとするあまり自分を見失ったと、
16-20くらいの時の作品はもがいているけど、
見えなくなっただけで失ってなかったりするものもあるかもしれないなあと思った。
じゃないとこんなにも眩しい言葉に心が揺れない。


but the memory is there still in my mind and this soul.
(You're stranger now and also I don't know about you where is here.)
If I would talk to you more, do you talk to me more?
It's enough.'cause I didn't want it.tell me what do we need to.
あるツイート読んでたら泣けてきた。重ねてしまった。


知ってないと違う形になる言葉をあえて使うことのほうが、圧倒的に多いんだろうね。
秘密の共有で世界が成り立っていて、その規模は大小様々で。
常識とか情報の上の繋がり。
ただし、その源が明確か曖昧かで世界は豊かに擦れ違う。
AとBの距離はAとZのそれと変わらない。
BもZも「あ」よりは遥かに近く、
だがAとあが一文字目として組む時、B-Z全てそこには入れない。
Aとあの関係がA-Zの関係より少ないとは到底思えないが
見た目はわからない人間関係と秘密の共有の罠。


むいにすごすよろこびは、
それもまたすこやかなうえかもしれないな、
となにをする(なにができるわけ)でもなく
いちにちをすごさねばならないというじょうきょうにおかれておもう。
【体調が悪い日にガンスリンガーガールという漫画のなかのフレーズを思い出して】


最近、「味」という言葉をよくいただくので、
じぶんらしさとはなにかをもう一度考えてみるいい機会である。
自分らしい線、自分らしい絵、自分らしい話、その辺を考えたら、
とりあえず描いて仕上げることが最優先じゃないかという当たり前の
もっそい高い高い高い高い壁がどどんっとそびえたって逃げたい


量子論は理解に苦しむが基本楽しいもんだと思う。
不確定原理は量子論?
あれ好きだよあれ。
義理をたてれば人情たたず、的などうしようもなさが。
物理系の原理を擬人化したらすごいキャラづけだろうね。


世界一正しいとされる時計と自分の体感時間。どっちを信じる?
相対と絶対の相容れなさが、すごく美しいと思う。
個と全、みたいな。
相対にある絶対、絶対がもつ相対、
絶対は関与を必要としないが関与せねば無に近づき、
相対は関与を必要とするが絶対を失いやすい。
つまり、あなたの前の私は本当の私じゃないが、あなたが捉える本物の私、
私が捉えるあなたは本当のあなたじゃないけど私の中の本物のあなた、
実像の偶像化→偶像の実像化、実像≠実像化。
私が主体なら私が持つのは絶対の私、あなたの中の私は相対の私。
どちらも本物で本当ででも「化」分ずれる。


他者のフィルターは本当におもしろい。
世界をなんにでも変えて、
みんなが違う世界を毎日見ているのに、世界をひとつに保ってる。
違う世界を持つ人をも内包して、ひとつをかたちづくってる。
全部を含むから、無いだけ持たない。無いを持たずして認めるなら、全部在る。
でもきっとシンプル。
好きか嫌いか、
要るか要らないか(所有の意味とは少し違う。捕食として)、
それが大部分。
他にいろいろ足してホットケーキ作った。
なにを隠し味に使ったのかはもう誰にもわからない。


上滑りするもの、なだれなだれてうなだれて。
舌なめずりするもの、そがれそがれてたそがれて。
中にあるもの、とかれとかれほっとかれ。
どこにもないもの、きたれきたれ咲き乱れ。


なにげない日常の、なにげない言葉や動作が、
あんなに胸に響いてるはずなのに、
何一つ回収できてないというか、
何一つ思い出せないってのはいろんな意味で残念極まりなくて、
つまり日常を垂れ流してるというか
描き手としてはこれはもったいない感満載で、呆れてしまう。


上手くやれない子がいて、いつも転んでばかりの子がいて、
どうしてそうなの?って。
本人だって上手くしたくて、転びたくなかったりして。
どうしてこうなの?って。
上手くやらなきゃいけないことだってあるし転んじゃいけないことがあっても、
その子がその子で在っちゃいけないことはないんだよねって。
互いにわかってんのに、どーしておまえら、すれ違うんだ。


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ツイッタ中に、受信した電波的内容語群。
uamo27@twitter(日常駄々漏れ、電波時々。)


JUGEMテーマ:つぶやき。








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「自分定規」 - - uamo72
【ツイッタログ6】
基本ツイッタまま。空白改行が1ツイート(1話題というべきか)。
時々何ツイートかで連弾仕様(最大で5ツイートくらい)。
眠たい時に大体電波受信するので、その旨の内容が含まれていることが多々あります。
「おやすみ」の前にだらだら書くのがデフォルトです【この括弧】内は編集時の補足や注意書きなどです。
基本的に上から新しい順なので一番下が一番古い。

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一つ欠片を落としたら、二つ三つと波打った。
四つん這いになって探していても、いつまでも帰れない。
睦まじいひよどりを背に、斜めに伸びた影法師。
はちきれそうな個々の月。遠い遠い帰り路。【自作数え歌】

位置を知る。
荷を持つ。
酸が降る。
呼んでいる。
誤解する。
ろくでもない。
死地に赴く。
場違いばかり。
急にはならず。
充分だ。もう充分だ。
だから意地をはり似せてみて、
散々でもよしとして、
いつか無になろうとも、
やめずここにて、通り抜けましょう。【自作数え歌/二乗】

Gute Nacht!Good Night!
おしてもひいても開きはせぬ/
やわらかく撫でませう/
好きだなんだとたたみかけ/
みえない夢をたぐりよせ/
何度叩けど開きはせぬ/
さすって静かに撫でませう/
一生懸命に開けようとするそれは扉でなく今日という名の壁と知る/
頭文字でまた明日!【頭文字:おやすみなさいお題】

どうしてそれを、他人肯定のエネルギーに転化できないのか。
どうしていつも、自己肯定のために他者非難をするのか。
問題はいつも、それが自分では見えないことにある。
それはいつも我が身かもしれない。と反面教師。

生存本能のみでがんばる細胞一個一個に罪はない。
自律神経やいつも動く心肺に感謝はしたい。
が、自分を信じたり、好きになるって私には難しい。
だから私に多くを与えてくれる、他者の言葉を信じることにする。
そして私は他者を好きでいたい。

誰からも好かれたいってことは誰も嫌ってはならず、
誰もを好きでいるってことは、自分も好きでなければならず、
合わせて馴染めば主体が薄れ、主体を突出させれば孤立し、
そう思うならそう思わない者があり、
全部を許容しようと思うなら2つの自分を持つしかない。
正確には4つだ。
そうである、そうでない、どちらでもある、どちらでもない。
それぞれの四隅が1つを引っ張り合えば緊張均衡状態の継続、それは負荷。
全部だし、何一つない。
だから思うことにする。
私はこの手に或る範囲が全てだと。
その範囲ならばなんとか1つの私でいけそうだ。
たくさんの私は要らず、1つで手一杯で、重すぎる。
その或る範囲を見間違えないように、恐る恐る踏み込む一歩。
そうして誰かが、私に笑ってくれるなら、
罵る誰かのすれ違う想いは横目に通り過ぎ去れる。(だろうか?)

おすやみ!
人は最初と最後が合ってる4文字単語はきちんと把握できるそうで。
人間の認識補整(補正?)力スバラシス。カスバランスって空目した。あれ?


過敏症は辛い。心の過敏症になってませんか?
自分が思うほど自分が大事と思う人たちは自分のことをひどく思いません。
と言えるくらいには相手を信じましょう。
とゆーのが、聞こえない見えない解らなくなってしまうのが心の過敏症かなと思う。
つーか、もう、信者のように、閉鎖的思考しかできずに、
ぐるぐるしてしかもそれがある種の悦に入ってて、
ある日、突然晴れるんだ。
ああ、なんだ、傘を持って長靴はいて自分は晴天下を歩いてんのかって。
気づくんだ。
その瞬間は今も特定できない。
けど今は空が見えてると信じてる。


自分のことを愚図でのろまなバカと言って笑った彼はもういない。
白いライフをみる度に素直で温かかった人柄を思い出す。
一石を投じた。
確かにそれは、なにかを変えた。
変えたからすごいのでも、すごいから変えたのでもなく。
なにか一つが在るって、強烈なエネルギーだなといつも思うんだ。
それは有機質無機質関係なく。


それもまたよしぞなもしもしかめよかめさんよければりゅうぐうじょうまでつれてって?
思考の螺旋は廃線、時効の凱旋は泰然、
問い掛けは月の欠片、
追い討ちは継ぎの崖からからまわるいこ誰だれでもないからせんのしこう。【最初に戻る】


それは無自覚ならば無害な空船(からふね)、意識に辿れば有害な敵船(てきふね)、
それがね、意識的であるかないかが重要になるのは受容体の側であって働きかける側ではないのよ、
とその溝を舐めながら笑ったそれを意識的に自覚しない。

寝覚めはいつも最悪に、興醒めはいつも災厄に、
乙女はいつも業欲に、とどめはいつも最速で/
二人の間に蓋をして、
三人の間に参道を、四人の間に夜逃げして、
気付けばここにただひとり。【最初に戻る】


空から白い杭をうつ、的を絞って杭をうつ、
大きな大きな杭をうつ、
わたしは地面にはりつけられて、
杭がうつ、
わたしを大きな杭がうつ、
わたしを目掛けて杭が空から降ってくる/
  ここで覚醒【社会人まで定期的に見続けた一番怖い夢】

抜け出せないの、脱ぎされないの、まいっているの、迷っているの、
追いかけられては隠れて過ごし、
遊んでいるのに早く出なきゃいけないの、
抜け出せないの、だってそこは知らない場所/
【今も定期的に見る記憶改竄の街中にある場所】


ゆきすぎたカルテット、忘れられたクオンテット、
鳴り響く鐘の閉ざされたハーモニー、
渡り囀ずるプラシーボ、
不安にいただけゴルジの坩堝、
思案に居るだけ基配列、
試案するのはゆきすぎるフォルティシモ


基本免疫システムはちゃんと稼働してる。
ダメなのはシステムを動かす主電源だよなあと思う。
ソフトはとてもいいのにOSが超不安定みたいな…。
脳と心ってどっちが優性なんだろう。
どっちのダウンがより深刻だろう?


そいえば漫画とかでよく他の人が見えないものが見える、とか、聴こえる、とかあるじゃない?
はっきり明瞭であればあるほど主人公は困惑し孤独を感じるってやつ。
あれね。体感するとマジ笑えないゾッとする話だと思うの。
母親の耳がだいぶ老化してて、聴こえる音に差がでてるんだけど、
1vs1だとどっちが正しいのかわかんなくなるのね。
だから自分にこんなにはっきり聴こえる音が本当に在るか、そこから不明瞭になるの。
どっちが正しいかは実際どうでもいい。
問題は自分の周りの世界が曖昧になって、
有無から不明瞭になると、
自分の立ち位置がわからなくなるような恐怖があるってこと。
なにもない静かな真っ暗闇に立つと自分がいるかすらわからなくて本当に怖い。
それと似てる。少なくともわたしは怖い。
だから他人が見えないものがはっきり(他人がいう現実と区別無しに)見える人は、
本当にアクションとるのが怖くなるだろうなって感覚的に読むと、
その手の漫画はある種のホラーになる。
だって主人公にはそれが現実。
他人には嘘になるんだもの。
信じてもらえないのはある種の孤独。が怖い。
つまり、その視線と感覚で読むと夏目友人帳もブリーチも切実に怖い。
あと百鬼夜行抄や蟲師も。
みんな主人公目線だけど、はたからみると、なーんもない空間ですよ。
変な行動に映るわけですよ。
よしんばそれを許容はしても理解や共感にはほど遠いわけで。
解ってみようとしてもそればかりは。
と、数日前のセミ談義。
あれ私の耳鳴りかもって指摘してくれた子がいて、
そっちの可能性のが高いからなるほどって。
だって母親には聴こえなかった。
あんなにはっきりしていたのに、って思うと私は自分の耳を信じて発言できないわけで。(元々左耳が弱い)
【元々下のようなツイートをした↓】
セミが鳴いてる…嘘じゃない。みんみん蝉が鳴いてる。間違えちゃったんだね…なおはようございます
そして声が消え…いや、きっと気のせい。気のせいだったんだ。ろうか? (*'-')?
【現在、セミに聞こえないこともない鳥の鳴き声だと判明した】








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「自分定規」 - - uamo72
【ツイッタログ5】
基本ツイッタまま。空白改行が1ツイート(1話題というべきか)。
時々何ツイートかで連弾仕様(最大で5ツイートくらい)。
眠たい時に大体電波受信するので、その旨の内容が含まれていることが多々あります。
「おやすみ」の前にだらだら書くのがデフォルトです【この括弧】内は編集時の補足や注意書きなどです。
上から新しい順なので一番下が一番古い。


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それを弾圧してはならない、それを抑圧してはならない、
それを制圧してはならない、それらは解放して開放して介抱してゆくものである。
それらは全てが全てに内包されているものだからである。//創作談義

それはどうでもいいことのように、それらはどうでもいいことのように。
扱い扱われ、深刻な溝はより一層。
それはどうでもよくて、それらはどうでもよい。
その扱いの溝が導く果てにみるものを私は知りたくない。//要再考


角が一つ増える度に180度増える。
不思議。
だって世界は360度がいっぱいなのに5角形はそれをかるく超越してる。
まあ世界は平面じゃないから単純に360×360くらいかもしんないけど。
世界に垂直が90度。それが2つで3角形。それが2つで4角形。それが円と同じ。
X軸Y軸の交差部分は90が4つ。3角形は表層または深層、4角形は表層+深層みたいな気がしてくる。
円は四隅を無かったことにして調和。4角形は四隅にこだわり世界に収まらない。みたいな?
じゃあ5角形は?12角形は?
角が増えて増えて増えて円に近づけば近づくほど膨張して、最後には円に収まる。
とかもうすごすぎると思う。その180nはどこに消えてしまったんだろう?


真似事でも模倣でも似非でも、その時そこにあるものが本当だったりするかもしれない。
なにに対して嘘という言葉を使うんだろう?よく考えると思考迷路。


それは立派なパレス、だから豪華なプレイス、
それは懸命なブレス、だから真面目なブレイズ、
それは質素なポーズ、だから光るそれはポーズ//…pauseボタンて大事だよね。ゲームでもリアルでもさ。


円周率ってそもそもなに。
あれが割りきれないのって、そこに世界の全てが表現されてんじゃないの。
地球が丸いのってそーゆーことじゃないの。
いつ何処に四隅を落としてきたの。
四角四面で計れない宇宙に振り回されて、円周率は今日も割りきれない。


要らないよ入らないよ居れないよ入れないよいたたまれないよいて黙れないよ堪らないよ溜まらないよ止まれないよとどまれないよまとまらないよ待たないよ待てないよ手がないよその手がないよその手は要るよ//仮題「いるらないと」
【注)切るとつまんないのでそのまま改行なし】


可逆世界と非可逆世界。
事象が常に原因の上に対して私情が常に結果からなんてまあ見事な話。
たまごもにわとりも、もっと違うなにかから生じていたら、
それはどんな理屈が生じて、理屈が生じるだなんてなんて矛盾。

wind is swinging in a moment.
but It's not one's business.
heaven runstosightwhichitcansee.
de,wo bist heute du? i have found you.

なかに飲み込んだのは空っぽ。
戴いたのはそのうろ。
なにかの 見込んだのはがらくた。
射て抱いたのはそのうら。
ないとないを頭に掲げて一つの冠わたしのほこり//誇りとも埃とも驕りとも傲りとも


そうじゃない。そうじゃないだろ。
でもあなたはわたしじゃない。わたしもあなたじゃない。
だからそうなんだろ。そうなんだろ。
でもこのままじゃわたしたちきょうゆうできない。
それがさみしいから寝る。おやすみなさい。

IC,It's right.
But it has no items.
Waving told me don't move.
Sky saves the eye. instantly,NEMUI. UC?(by BSR)


罪と太陽が一文字違いなことがなんか不思議。
空と挑むが一文字違いなことがなんか不思議。
世界と理解が一文字違いなことがなんか不思議。
A Sun has an original sin.
Try to dive in your sky.
SEKAI hopes RIKAI.
【tryとskyは二文字違いだと今気が付きました…修正せずあえてそのまま】


触れただけで硝子が壊れた。
さてこの場合悪いのは触れた人か壊れてしまう硝子か?
壊れやすいことは悪くないなんて変だ。
傷つきやすい人相手なら必ず相手が加害者になってしまう。
しかし壊れやすさの考慮をしないのも変だ。
硝子を叩けば割れて当然。
壊れやすさは罪か否か。
でも相性があるよね。
蛞蝓に塩とか。
水は平気なわけで。
なんかね、それがその性質を持つことは悪くないのに、
その性質ゆえに上手くいかないことがあるかなって。
なんかな、傷つきやすいのは多分罪じゃないのに、悪い方向になりやすいんだな。
どっちのためにもならないというか。
かといって性質を変えるなんて出来てたらみんな幸せになれるみたいな話で。
難しいんだな。

(2n-1)/(2n-2) 前者と後者の間にはすごい溝があるよな。
後者はなんかすごい。nが1なら、なんもない状態がそこにある。
(2n-2)と2nの一番の差異はそれだな。
nが0か1かで、0になるか絶対値2になるか。

ふわっふわな気持ちの在処はしんらつで憂鬱の下。
とびっきりのダイジェストにあがる白はその夕闇の中の亡霊。
透き見透かした潤いの中の渇きをみたすその処遇に白い下をみないようにした現実。//電波受信(極度の眠気)


わたしが見て欲しいと願っているのは、本当にわたしだろうか?
それともわたしが願うわたしという形の理想像だろうか?
わたしが見ているあなたは、本当にあなただろうか?
それともあなたという形の見世物だろうか?
さて、本当にそれが大切なことだろうか?
あなたが笑うことが本当かどうかより、わたしの気持ちが本当かどうかより、
わたしたちのそこに在るそれを疑うなら信じる想いもひとつも見あたらないまま。
あなたがあなたでなかったことも、わたしがわたしでなかったことも、一度だってないから、
どんな姿を映しても、どんな姿に崩れても、
本当や本当でないことに紛れない、
わたしたちがそこに在る。//勢い、電波受信気味


それを切る It's all.
躊躇などせず force hands.
つなぐために their are so many.
それを切らない don't deny.//--やっぱ意味破綻するな。難しいなあ。
【補足)切るall、せずhands、めにmany、ないdenyの音遊び破綻】


Save the things, start to think. なんだろう。無性にPCで書きなぐりたい。


本質は実質的に一つしかないが、本質をどこにするかは多面性を含みやすいかな、と。
わたしは一人しかいないが、みんなが捉えるわたしはその数あって、
その中のどれか一つが正解なわけじゃない。
わたしすら正解を決められないがわたしそのものが覆ることはない。


askがのぞむになるのは、神への問いかけは直接その答えを「のぞむ」ものだからかしら。
そうよね神に質問は求めるに近い感覚よね。


When play god,you will get nothing. Pray to god. The blessing fall down to you.
When stay here,you'll be miss.Today is go on.Breezy thing calls dawn.
再考が必要なのはともかく電波受信。


LASER→Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation
誘導放出による光の増幅器 (文芸社/阪元邦弘著より)
【感動してメモツイート。引用元は上記のとおり】

→いろんな想いを詰めて流した。巡りめぐって、もとに帰った。
詰めたはずの想いは全部消えてた。知らないはずの重さがのしかかった。だからいろんな想いを→
【REPEAT AGAIN】


悩みはあるか、ときかれるとない、と言わざるを得ない。
いろんな葛藤に折り合いつけて、割り切れないもの無理やり割って、
みんなそんなもんしょや?
そんな自分を大事にしたくてその仕方を模索してんじゃねーのかなとか。
どういったら、どう返したら、わたしが相手のなにかを変えれるというんだろう。
相手のなにかを変えていくのは相手自身だというのに。
それでも人が会話をするのは、それが、確かな実証。


偏見や差別意識は、極のどちら側にもある。
「わたしなんか」「おまえなんか」「「あーゆーやつらは」」
中学時代に「あんたに私の気持ちがわかるわけない」を散々いろんな人から喰らったトラウマ。
それが私の中に巣食う最大の劣等感


想いの変質を止めることはいつもかなわない。
他人のものも自分のものも。
傷つけあって踏みにじりあった。
優しい言葉で罵りあってきれいな刃で切りあった。
結果が、それだけ、な、わけはなくて。過去の残像と対峙している。
それすらも僥倖になりうる場合、それは攻撃ですらなく。
結んだものをほどいて遊んだ。
滅茶苦茶に結び直して遊んだ。
楽しかったから。
その、そこにある重さを感じることが、楽しかった、から。
ほつれてすれた糸。ほざいて捨てた、意図。
それはつまり、
運が良かったか悪かったかという問題ではなく、
あたったかあたらなかったかが全てで、あたった以上は座標が揺れる。
いいかわるいかじゃない。ただなかったことにはならない、それが全て。


「ふりまわされるのに、もう疲れた」……という文を見た時、目的語はなんだろう?
自分をふりまわすのは他人ばかりじゃなくて、自分がただくるくる踊ってる場合もあるんだよね。
ついでに自分をふりまわすのも、自分にふりまわされるのも疲れる。
ところがふわふわ流動性なものを一所に留めるのはこれはこれで相当なエネルギーが必要で、
留まるものを動かすのもエネルギーが必要で、
まあつまり、震えることは全ての関与エネルギーなわけで支離滅裂だなおい。
わかりますか、つまり相当に眠たいようです電波受信ですよ。
やかましい人が黙るのに使う労力と寡黙な人が話すのに使う労力は
同じエネルギー量な気がしますよね
でも逆にしてやると効率的合理的極小エネルギーになりますよねきっと
嫌いなものを好きになろうとする力と好きなものを嫌いになろうとする力はかなり不合理非効率?
好きを好き嫌いを嫌いな自然体には競り合いが生じないわけで。
力を使ったものだけが好き嫌いを架ける橋を渡れますかしら。
つまり、人間関係や自分と他人において、疲れない関係も大事ですが、
疲れるような関係も大いに大切だと思うのですね。
他人以上に自分にうんざりもありうるのですよ。
何かが震える瞬間はいつも自分だけでは起こらないのではないか、なおやすみ。


ときどき、本当に情報の渦に酔いそうになる。
気がつけば情報を受けている間はなにかが詰まっているが、自分にはなにもない気がする瞬間がある。
情報圧力とかあるかもしんないねえ。
深海魚はもう川魚には戻れないみたいなね。


そういえばブラックホール同士が熾烈な喰い合いしてるらしいね。
この場合元の質量でかかったほうが勝つ?
それとも加速度が高いほう?
比例してる?
小さいくせに周囲の空間の歪めっぷりを思うと天空のカリスマ。
太陽みたいに全部を照らす存在も大事だけど、
(自ずと光らない)月や星々みたいに誰かの輝きをさらりと映してくれるのも大事だよね。
恒星でもそうでなくてもその一個が確かに関係を変えていて、なかったら今はなかったんだよね。


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ツイッタ中に、受信した電波的内容語群。
uamo27@twitter(日常駄々漏れ、電波時々)

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「自分定規」 - - uamo72
【ツイッタログ4】
【ツイッタログ4】
ツイッタママ。一部削除はしてあります。
こうしてみると140文字って多いな。
順不同。繋がってる場合だけそのままつなげてありますが
改行が基本的に独立ツイート。

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そうじゃないの。そうじゃないの。そうじゃないの。と積み重ねて
他人の中のわたしの像と、わたしと、わたしが見せるわたしの像が全てずれていく。
だからきっと (そうじゃないと思っていることが)そうなんだろうに。

本当の自分がどんなものか形にできない。その必要もない。
形になってるもの全てくるめて自分でしかないなら。
嘘も本当もなく嘘も本当も在るただ自分と他人がいる現実が(ここまでがひとつながりの主語)、形を成している。

誰かが当たり前に決めて、当たり前にはく言葉は、そうではない誰かの反発になる。
あなたとわたしは違う生き物だから、
理解できなくても「違う生き物」というカテゴリーで許容して欲しい。
それすらも違う生き物だから相手に望んでもかなわないことがある。

フィフティな歩みよりなんて、相手も自分も50をわきまえる同じ考えにしかあるわけない。
場合によれば100:0の関係もあるわけで。
それでこそ上手くつながる場合もあるわけで。
十人十色だからケースバイケース。
十把一絡げも大事な全体概念だが、個々を見落とすと世界はばらけてしまう。
ばらけた者の集いが世界なれば。
全てを許容しようと努める人がいれば、全てを否定しようとする人がいる。対がある。

わかりあえないことの把握とわかりあう努力とわかれないことの認識とそんな意識すらもたない場合と
世界はあらゆる対をいれた坩堝。
だから美しく、だから上手くいかず、だから優しく、だから わたしは好き。

誰かと誰かの優しさがすれ違うのは胸を鷲掴みにされるくらい切なく苦しい。
相手を想う故に傷つき傷つけ合う様は もう。
でもその衝突すらたまに煌めき稀にそれは美しいかたちをつくる。
それは見ようとしなきゃ見えない類いのもの。

「在り 居り 食むり 今ぞ駆れ」 おやすみなさいまたあした。Bis Bald!

not to be understanding about it. mustn't have weakness, don't give the huge hole.
それも全て疎通無き、阻害、疎外、には意味もなく。
にべもなく。光速にたちはだかる質量分の重力が飲み込む先の、それを。

例えば意味を理解できない時代の目の前で起きる事象は
その人の中では「わからない」カテゴリーになるのだろうか。
わからないことすらわからない状態の既に受けたそれを、一体何処にどうやってもっているのだろう。
ああ、でも叩かれたこと自体を理解しなくても、
痛みはわかるのか。感覚が言葉より先にものを処理してる?

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「自分定規」 - - uamo72
「重ならない悲劇×重ねる喜劇×重なる奇跡」
世界が閉鎖するを悪いことだとは思わない。
ただ自分で堅く閉ざしてしまった扉を他人が開けることは困難で
扉のこちら側から穏便にしかし継続的に時間をかけて訴えねば成らない。
相手が出て来たいと思えるように仕向けねばならない。
決してその扉を開けるように強要してはならない。
鍵が増えていくだけで、扉は厚くなるばかり。

あなたには扉を開けることが簡単なことのように思える。
しかし相手にはそれがするべきでない、またはできないことだと思える。

なぜなら
あなたには扉など見えず相手が見えていて
相手には扉の外が見えていないからだ。

あなたは戸惑う。
なぜ、そんなものがあると信じているのか、と。
相手はあなたの言葉がわからない。
堅い扉が自分を覆っているのだから。

二人はすれ違う。
違う世界を見ているからだ。

さて、「あなた」はこの二人のどちら側か。
これ「言える人」と「言えない人」でも似たようなことになる。
「言わない人」は多分今これを読んでいる人の立場になる。

どちら側でもいい。
ただそこで関係が破綻してしまうことがひどく切なく
そう簡単に破綻しないものだと私は信じたい。


実際、わたしの扉が「無かった」と
(主観の気持ちとしては消失なわけだが)気づくには
莫大な時間がかかっているわけだが
その間、ずっと見守ってくれていた人たちがいるわけで。

私の場合は
逆に
誰かの扉をたたき続けていた日々でもあったわけで。
(それで自分自身もだったから
 本末転倒というか、助け合いの世の中というか)


二人はすれ違う。
違う世界を見ているからだ。
違う世界が二つ、ある部分で重なったとき
二人の世界の面積は重なり部分を共有して確実に拡大する。
それは何処までも人の数だけ拡がる世界。
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