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最初にカテゴリー「はじめに」をお読みください。(最初のご説明です)
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「折れた赤チョークでは訂正できない」
「なにがおかしいの?」
クラスの女子の大半が笑う中、彼女はそう言った。
一斉に誰もが振り返り、驚きを表したあとで睨みに変わった。

「その子が黒板に間違った解答を書いたことが?
 それともその子が一人だけ体操服を着ていることが?」
授業が始まる前に書かれた、数学の解答は残念ながらわずかに違う。
チョークで書かれた清楚な字は見るものに易しいだけに残念だ。
かつん、と赤チョークが落ちて折れた。

「どっちもよ!」
誰かが言った。
彼女はじろりと流し見る。

「間違うことは勉学の一環。
 間違いに気づくことは大事だし、間違いで気づくことは多いわ。
 体操服を着ているのは制服が誰かに破られたから。
 誰が破ったのか追求したほうがいいかしらね?」

手厳しい、痛めつけるような声。
当の本人は俯いて顔をあげない。

「なによえらそうに!」
「あんただって知ってて見てみぬ振りしてたんじゃないの!」

ふーっと息を吐いて、彼女は首を振った。
「えらそう?えらくなんてないわ。
 そうよ。見て見ぬフリをしたわ。
 でも、笑わずに、ちゃんと見てたわ」

わけがわからないとばかりに口々に反論が起きる。

「自分を正当化するつもりはないわ。
 ただし、あなたたちを正当化してやる気もないわ」

チャイムが鳴った。教師はまだ来ない。
体操服を着た本人は立ち上がると、教室から駆け出していった。

彼女はそれを追いかける。
背後から黒い声が刺す。

「次はあんたもよ。覚えておくことね」
彼女はちらりとも見ずに、そのまま出て行った。

「早く席につけよー」
二人がどこへ行ったのかと訊きもしない教師は授業を開始する。
ひそひそ声がして、くすくすと笑い声が立つ。

次はなにをしてやろうか?
あいつらにどんなことをしてやろうか?

教師は誤解答を折れた半分の赤チョークで訂正しながら説明をする。
一部は真剣にノートにまとめていく。

何も変わらない日々。
なにもおかしくない、普通の日々。

「間違えやすいからちゃんと気づけよ。
 これがこのまま正しい解だと思っていると
 ちゃんとした答えは出ないからな。
 あれ?っていう違和感に気づくことが重要だぞ」


その声が虚しく響く。

ちょうどその時、
彼女が、追いかけた手をつかんでいた。
二人の前で花壇の花が真っ直ぐ咲いていた。



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裏題:閉鎖的空間と閉鎖的視野、未熟な思考
小説(短編) - - uamo72
「春秋の宵闇」
「夜が来る前に、ちゃんとおうちに戻りなさい」
先生がそう言ったので、千夏と真冬は帰ることにしました。
太陽は既に布団に潜って、ぼんやりと燃える空が見えます。

門を抜けて歩き出すと、一人の老人が迷子になっていました。
「おじいさん、どうしたの?」
真冬が尋ねました。
老人は学校の近くの食料屋に行きたいのだと答えました。
「なら、わたしが連れて行ってあげる」
真冬がそういうと、千夏は怒りました。
「真冬?そんなことをしていたら真っ暗になってしまうわ。
先生に早く帰りなさいって言われたでしょう?」
「大丈夫よ。急げば間に合うわ」
「暗くなったら、真冬だって道に迷ってしまうわよ」
千夏が何を言っても、真冬はきこうとしません。
二人はそこで分かれることにしました。
「じゃあ、わたしは先にうちへ戻っているわ」
「うん。おじいさんを案内したらわたしもすぐに追いかけるわ」


真冬はおじいさんと二人で店を目指しました。
店に着くとおじいさんは真冬にお礼を言いました。
「ありがとうお嬢さん。しかし、良かったのかい?」
「千夏はいつもそうなの。大丈夫。まだ間に合うと思うわ」
おじいさんは真冬の姿が見えなくなるまで見送ってくれました。


真冬が急ぎ足で帰り道を歩いていると
子供を三人連れた婦人に出会いました。
一番小さい一人を背負って、片手に荷物を持ち、何か困っているようでした。
「どうしたんですか?」
話を聞けば、二人の子供たちがけんかをしているのです。
「お母さんと手をつなぐのはぼくだい」
「おいらのほうが年上なんだからおいらとつなぐんだい」
「さっきからこの調子でねぇ…家までまだ少しあるしねぇ」

真冬は少し考えました。
空はいよいよ深い紺色になり始めています。
「二人とも、おねえちゃんと手をつなぎましょう?
私の手なら両方とも空いているし、
どちらもお母さんとつながないなら平等でしょう?」
婦人はその提案を聞いて喜びましたがすぐに困ったような顔に戻りました。
「あんた、真冬ちゃんだろう?
さっき千夏ちゃんていう子があんたのことを心配していたよ。
来たら必ず真っ直ぐ家に帰るように言ってくれってね」

どうやら、千夏はとっくにここを通り過ぎたようです。
「大丈夫。走ればきっと間に合うと思うの。
それにおばさんだって
早く帰って夕食の準備をしなくてはならないでしょう?」

そうして五人は左に曲がって少し歩きました。
二人の子供たちは、
最初は嫌な顔をしていたものの真冬の優しい声にすぐに笑顔になりました。
婦人の背中では小さい子供がすやすやと寝息を立てていました。

「本当にありがとうねぇ」
家にたどり着くと婦人は何度もそういいました。
真冬は笑顔でさよならを告げると急いで走り出しました。
もう空の炎は遠く、遠くに微かに見えるだけです。

慌てて走っていると、お地蔵さんの前で同級生が泣いていました。
真冬は足を止めて、事情を聞きました。
「家の鍵がこの辺に落ちたんだ。でも見つからないんだよ」
その子の家はすぐ近くにあります。家は真っ暗でした。
「今日はぼくが一番先に帰る日なんだ。
お母さんからもらった鍵をなくしちゃったよぅ」

真冬は光が消えいく山を見てから、私が一緒に探してあげると言いました。
もうきっと間に合いません。

「でも真冬、早く帰らなきゃいけないんだろ?
千夏がだいぶ前に真っ直ぐ戻るように言ってくれって通り過ぎたよ」
「だから早く探しましょう?」

二人は何度も何度も周辺を探しました。
だんだん、暗くなってきて見えにくくなります。
二人は地面に這いつくばって探しました。

「ああ、お地蔵さん。あなたは家の鍵を見なかった?」
真冬がお地蔵さんに話しかけると、
その頭の上に鍵が光ったのが見えました。
壊れた小さなお堂の屋根の上からお地蔵さんの頭の上にと落ちたようです。
「ああ、これで家に入れる!ありがとう真冬」

泣き止んだ同級生と分かれて真冬は急いで歩き始めました。
もう、足がくたくたです。
空は完全に紺一色になり、山は黒い大きな怪物のようです。
ぽつんぽつんと合間に家があるものの
道は時々消えかかった外灯があるだけで
周囲は真っ暗です。

真冬は怖くなってきました。
誰をさらってこようか?と梟が鳴いています。

歩いても歩いても、家が見えません。
暗くて道を間違えたのかもしれません。
真冬は泣きたくなりました。

「だから先生は早く帰りなさいって仰ったんだわ。
千夏のいうことを聞けばよかった…」

細い月は帰り道を教えてくれません。
ついに真冬はその場に座り込みました。

その時でした。
ぱっと、顔に眩しい光が当たりました。



「もう!だから言ったでしょ!」
そう言ったのは千夏でした。
手には大きな明るい懐中電灯を持っています。
千夏はぐぃっと真冬の手を引っ張り、立たせました。

「絶対に迷うと思ったんだから」
千夏はぎゅっと真冬の手をつかんだままずんずんと歩き出しました。
千夏の手はとても温かく、真冬も握り返します。

家が近くなるとシチューのいい香りに、
真冬はおなかがすいていることに気がつきました。


「あら真冬、お帰りなさい。千夏もご苦労様。
今、三人から電話があったのよ。ありがとうございましたってね。
でもちゃんと千夏にお礼を言いなさいね。
懐中電灯を持ってあんたを迎えにいくために急いで家に帰ってきたんだから」


そうして、二人は食卓につくと温かいシチューを食べました。
その夜、星と月を眺めながら真冬は千夏にありがとうといいました。
そして、二人仲良くぐっすりと眠りました。


fin



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小説(短編) - - uamo72
小説 13--形にしないものと形にしすぎるもの
ラテンとパウロって仲悪いよなー。」
持っていた書類を乱暴に投げ出しながらランが言った。
名前を列挙された当の二人は黙々と書類に向かっていた。
「てかさあ。そんなに機嫌悪くするなら二人とも別の執務室に行けよ。」
うんざりしたようにランがそういうのも当然である。
ラテンに遅れてパウロが入ってきてから
部屋には険悪な雰囲気が漂っていた。
「資料がここにしかないんだ。」
しょうがないだろ?とでも続くかのようにラテンが手を休めずに言った。
「そうでないならこんなところ出て行きますわ。」
ラテンがいるならーとでも続くのかパウロの声にはとげがある。
ランとエリザはため息をついた。

****************************

パウロのどこが嫌いか、と聞かれてもラテンには答えられない。
嫌い、というのにもまた誤解がある気がしていた。
嫌いというわけではない。
苦手、なのだ。

パウロはすぐに泣く。
厳しくすると駄々をこねるのだ。
シーアがゆっくりとなだめてようやく落ち着く。
だから、男勝りなラテンにはどうにも扱いが難しかった。
実際、同じ城で働き始めてからはやり辛くてしょうがない。
憎んでいるわけでも嫌っているわけでもないが癪に障るのだ。

****************************

「そこをどいてくださらない?」
小広間に入ろうとしたラテンは背後の声に振り返った。
「邪魔、ですわ。」
やや低い位置から見上げるようにしてパウロが睨んでいた。
「邪魔をしたくてここにいるわけじゃない。」
「そんなことは解りきってますわ。どいて、くださいませんこと?」
ランに同じことを言われたら素直にどくだろう。
引き下がるには癪に障った。普通にどいてといえないのか。
「入り口は一つといわず他にもあるが?」
しばし、沈黙が流れた。

「正当なパウロ一族に言葉の使い方も知らない将軍ですこと。」
「正当、ね。その昔カルロ一族とタリア一族に国を追われた一族が。」
「言葉を改められよ!わが一族を愚弄する気か!」
「出自不明の将軍風情が、とでも言いたそうだな。」
「その通りではないですの!」
ふっとラテンは一瞬視線を逸らして、パウロに向き直った。
不毛だ。こんな会話は無益どころか有害だ。
「パウロ。いい加減休戦にしないか。」
今はこんな言い争いをしている場合ではないのだ。
「あなたが態度を改めないからではありませんこと?」
パウロはそれでもなお突っかかる。
譲歩を見せても、ムキになる辺りが幼稚だとラテンは思う。
「そうですね。パウロ補佐官殿。どうぞお入りください。」
厭味でもなく、静かにラテンは足を引いた。
「初めからそうしてればよいものを。」
そうしてパウロは小広間へと入っていった。

褒めると全身で嬉しさを顕わにする。
叱れば大泣きをして駄々をこねる。
自分が優位でなくば気にくわず、我を通さねば収まらない。
まるで小さな子どものようだ。
軽蔑している者たちも多かった。
婚約者であるシーアとまったく釣り合いがとれていないと言われている。

うらやましい、のかもしれない。
素直に浅はかに誰かを下に見ては真っ直ぐ歩くパウロが。
ラテンにはそこまで通せる我も無かった。
出自が不明の自分の足許はひどく頼りない。
まして、男尊女卑の社会の中で、
その地位は氷の上に立つよりも厳しいものだった。
妹以外に、確かと思えるものなど無い。
これは妬みだ、とラテンは自覚していた。

ガシャンと大きな音がして悲鳴が上がった。
小広間からだ、と気付けば足は向かっていた。
部屋に入ると数名を中心にして野次馬が取り巻いていた。
方々に散らばった物はパウロが投げつけた物のようだった。
パウロは顔をぐしゃぐしゃにして、泣きながらじっと男を見ていた。
名前はわからないが、他国の、同盟国ではない国の皇子のようだった。
「何があった?」
部屋は静かだった。
ラテンはパウロに歩み寄り、直に訊く。
本気で怒っている。
いつもの怒り方ではない。
「何か言われたのか?」
自分が怒らせたときでさえこんな顔はしないぞ、と思う。
「…が。カンザスのシーアはへたれ皇子だ、と。」
怒りで声がうまくでないのか、泣いているせいか。静かに言った。
「おまえ、何を根拠にそんなことを言った?」
ラテンが振り返り、目の前の男に問う。
他国の皇子は笑っている。
「実際、カンザスのシーア皇子はたいしたことないだろ。
 まあ、この国の化け物皇子の友人って時点で終わってるけどな」
ははは、と同じ国の服を着た者が数名笑った。
「大体、パウロ様が悪いんだぜ?偉そうに出て行けとかぬかすから」
「正当な権利だろう。この部屋は他国の者を受け付けない」
ラテンはきっぱりと言った。
「おまえたちだってハーン人じゃないだろーが」
「よせって。こいつらキャルロス王国と
カンザス大帝国と第七帝国の人質だろ?」
再び嘲笑があがった。ラテンはぐっとこらえた。
「キャルロス?こいつは第七帝国の将軍様だろ?」
「キャルロスのタリア=カチカルスの婚約者なんだよ。そいつ」
「タリア=カチカルス?あいつもけっこう鼻持ちならないやつだよなー。
 お高くとまりやがって。」
我慢の限界だ。ラテンはすぅっと血の気が引くのが解った。
「タリア=カチカルスは関係ないでしょうっ!?」
先に声を上げたのはパウロだった。
「立派な一族が立派に振舞って何が悪いのよ!
 タリア一族もカルロ一族も生半可な教育じゃないんだからっ!!
 あんたたちとは鍛え方も出来も違うんだからっ!」
ラテンが何か言おうとした時、上から声が割って入った。

「今、誰かエイザのことを何か違う呼び方しなかった?」

****************************

パウロ一族はカルロ一族、タリア一族と因縁を持ち、
その昔キャルロス王国を追放されたとされている。
以来、パウロとタリア、カルロの間には決定的な確執がある。

「パウロが、タリア一族の次男であるカチカルスを庇うとはなー。」
大好きな皇子様を化け物皇子と呼んだからには
相応の対価を支払ってもらわねばならない。
弱いものをいたぶるように、
異国の皇子をお仕置きしたランは満足げな顔をしながら言った。

パウロは執務室の椅子でぐっすりと寝ていた。
四人ぐらいがちょうどの手狭な執務室だ。
「私も驚いたわよ。」
熱いお茶をすすりながらエリザが笑う。ラテンはそこにはいなかった。

****************************

「だから嫌になるんだ。」
ラテンは静かに笑っていた。
「結局、パウロは俺じゃなくておまえを庇ったんだろ。
 パウロがおまえに向かって散々言うのは聞いたが、
 他のやつがおまえに手を出すと怒るんだよな。」
カチカルスが向かい合って座ったまま言った。
「なんだそれは。」
ラテンは久しぶりに会う婚約者に尋ねた。
「要するに、おまえ、子どものおもちゃのようなものなんだろ。
 飽きたら放っておくけど、他のやつがそれで遊ぶと怒り出す。」
「カル。」
言いすぎだ、と言おうとして言葉をさえぎられた。
「おまえも少しは泣いて駄々をこねたらどうだ。」
「?」
「パウロもおまえも、足して二で割ってみたらどうだ?」
そう言いながらカチカルスはラテンの左腕をつかんだ。
ふっとラテンは違和感を覚えた自分の腕を見て驚く。
「カル、これっ!あ?っと。」
どうにもまとまらない。
「何が欲しいか、どうしたいのかちゃんと意思表示しないから困る。
 一回パウロと大喧嘩してみろ。
 俺は兄上と思い切り派手にやらかした。
 何にも根拠がなくても確かなものだってある。
 だから真っ直ぐ歩いてみろ。」



自分ひとりになった部屋でラテンは動けずにいた。
「確かなものを形にしようとしてくれる人がいるんだよな。」
左手に光る婚約証の腕輪はきれいな緑色だった。
「よし。」
ラテンは立ち上がるとパウロの寝ている執務室に向かった。
小説(短編) - - uamo72
小説 20--飴玉二つはわたくしのわがまま 
第一皇子だから、自分はしっかりするべきなんだとシーアは自覚していた。
この巨大な帝国、カンザスの責任ある立場なのだから完璧でなければと。
がっちりとした体格だって、
武術に長けていなければいけないと思って鍛えたからだし
茶色い髪が短いのだって邪魔になるから切った。
服装だっていつも、きちんとしていたし、
今日できることは今日やってしまうのが信条だった。

「パウロ一族本家第一子、パウロ=パウロです。
本日よりこちらにて仕えさせていただきます」
少し高めのふわっとした柔らかい声が耳に心地よかった。
薄い水色の肩までの髪が、美しかった。
「第一皇子、シーア=カンザスだ。
 わからないことがあればヴェスタ辺りにきくといい」
敬礼したまま、はい、と小さく答えた少女は緊張しているようだった。
「そんなにかしこまらなくてもいい。
 俺はそういうこと、気にしないタチなんだ」
ふっと顔をあげて少女は少し笑った。

「パウロ様!なりません!」
客人を迎えるべき中央の巨大な部屋は、騒がしかった。
「何事だっ!」
外交を担うのが皇帝の役目ならば、城内の統括が第一皇子の役目だった。
皇子の声に場はとりあえず静まった。
少女は目を真っ赤にして全身で泣いていた。
その向かいには城内の若年者が集う研究室の若き女室長がいた。
二人の服装が乱れているところを見ると、つかみ合いになったらしい。
(またか)
パウロが騒ぎを起こすのはこれが一度目じゃない。
「何があったか、初めから見ていた者が説明してくれ」

話を聞けば、若き室長の発言が原因だったらしい。
自分たちが苦労して城に上がったものを、
パウロ一族というだけで城入りするのはずるい、と。
もちろん本人に言ったわけではなく、
室内で仲間たちと話しているのを偶然パウロが耳にしたのだと。
「とにかく皆、仕事に戻れ。ヴェルテス。
 その言い分はわかるがまた後日だ。パウロは別室に来い」
ざわめきながらも野次馬は散り、
ヴェルテスも仲間に連れられ研究室へ戻った。

*****************************

「パウロ。もう少し我慢できないか?」
青年期が長く、年齢の差をあまり感じないとはいっても
パウロはシーアよりも確実に年下だった。
兄が妹をたしなめるように、言った。
少女はこらえられない嗚咽を止めようと必死になっているようだった。
「ヴェルテスの意見は、多くのものが感じていることだし、
 前からある意見だ。」
子供を諭すようにパウロに言う。
「な…にを、が、まん、す……るべ、きだと、おっしゃ…る?」
切れ切れになりながらも、パウロは真っ直ぐシーアを見ながら言った。
「少し腹が立ったからって、毎回こんな騒ぎを起こしていたら
 うまくいかないものもうまくいかないし、
 相手の意見をちゃんと聞くって事は大事なことだ」
「我慢、すれば、あの人、たちの、意見が、変わると?」
「言い方ややり方は他にもあるだろう。あんな、やり方はダメだ」
パウロにしてみれば、
自分が仕えるべき皇子からたしなめられることはとても不快だった。
「他の、他の言い方で変わるような方々なら、
 あのようなやり方はしませんわ」
「パウロ。今月に入って何回目だ?
 おまえのことが嫌で配置換えをしてくれと言われることも多いんだぞ」
「だったら、配置換えをして差し上げれば宜しいのではないですか?」
「パウロ!そういう問題じゃないだろ!」
シーアだって忙しい。少女にばかり時間を費やしているわけにもいかない。
「そういう問題でしょ?!」
堰を切ったように、パウロはまくし立てた。

「なによ、それ。好きでこの国にいるわけじゃないわ!
 もともとはキャルロス王国の民だし、
 受け入れるといったのはかつてのこの国の皇帝でしょ?
 何をしたって言うの?我慢なんてかっこつけてるだけじゃない。
 言わなきゃ言われ続けるのよ?
 我慢しろ?冗談じゃないわ。
 不満があるなら私に直接言えばいいじゃない。
 そうしたら私だってつかみかかったりはしないわよ。
 嫉妬や羨望に付き合って不快になるのは嫌よ。
 叱られるより、怒られるより、怖いものだってあるでしょ?
 怖いものに牙をむいて何が悪いの!」


パウロに自分の部屋での謹慎を言い渡し、
通常公務を終えてシーアは自室に戻った。
昼間の少女の言葉が頭を駆け回っていた。
完璧でなければならない。
そう思い続けてきたシーアにとって、叱られることは怖いことだった。
それよりも怖いことなんてない。
「我慢なんてかっこつけてるだけじゃない」
少女の柔らかくも高い声が、どこか胸に痛かった。


「ヴェスタ。パウロどこに行ったか知らないか?」
謹慎も解けて、パウロは相変わらずどこそこで騒ぎを起こしていた。
「パウロ様なら第八研究室ですよ」
「は?」
「だから、第八研究室で、ヴェルテス様と研究に没頭してますよ。
 今日はパウロ様は休日ですから」
ヴェスタは笑っていた。

第八研究室は賑やかだった。
「だーかーらーその結果はおかしいと思いませんこと?」
「違うって。あたしの筋どおりに決まってるってば」
「あれ?二人とも違うんじゃなーい?ここ見てよホラ」
「あ。シーア様だ」
入り口に立っていたシーアに気づいて一人が歩いてきた。
「パウロ様に御用ですか?」
「いや、用ってわけじゃ…何してるんだ?」
「パウロ様が資料をご本家から持ってきてくださったんですよ。
 ここの図書室は第一とか別の研究室の人たちが占領してるから」
「楽し、そうだな…」
「ええ!……?シーア様?どうしたんですか?」
「いや、なんでもないんだ。ちょっと脱力しただけ」

そんなのずるい。言いたいことを言っても、ぶち当たっても、
後で笑い合えるなんてずるい。
あんなの自分にはできない真似だと、シーアは実感していた。
どこか、パウロには一生勝てないような気がした。

*****************************

「子供ってねぇ。融通利かないのに、大人は癒されることあるよね。
 なんていうか、理屈じゃない分、豊かなんだよねぇ」
「で?それが、婚約した理由ってこと?」
「パウロの価値、か」

他国の皇子とその仲間に散々言われ、シーアは笑った。
「喧嘩するのも怖くて逃げ出す俺には、あれぐらいでいいんだ。
 たまに、俺よりあいつのほうが賢くて正攻法なんじゃないかって思うよ」

第一皇子だから、自分はしっかりしておこう。少女を守っていけるように。
髪は長いほうが好きだって言うから、伸ばすことにした。
今日できることは今日やってしまうのが信条だったけど、
少し手を抜くことを覚えた。
わがままで幼稚で、と周囲は散々言うけど、
少女に友達が多いのは一目瞭然だし
自分が我慢する分、あれぐらいがいい。奔放で好き勝手なのがいい。
ぶつかって、克服していける柔軟さが自分にはないから、パウロがいい。


「え?婚約した理由?そうですわねぇ。私、シーアはバカだと思いますの。
 欲しい飴玉一つ、欲しいといえない、いわないバカだから
 あの人の分まで私が最初に二個取っておくの。
 それが 私の我がまま、ということでいいんですの」



小説(短編) - - uamo72
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